小僧一人旅 その十八

奈良の平城京の昔、都の西に竜田山という山があったそうな・・ときどきに奈良を訪れるときは、祖母の実家に行った思い出や、竜田姫のくれた「縁」が人生に大きく関わった事をしみじみ思う。独り立ち以来、朝から夜まで休みなく仕事に明け暮れた日々は、恋人を探せる時間も機会もなく条件さえ自信がなかった小僧に見合い結婚は必須だった。この縁談はとんとん拍子に進んだ。何日かして仲人さんと見合い相手と、母親が店に訪れてきてあの日のお婆さんを救った事が美談のように「縁」と結び付け、小僧の気持ちを評価され将来を嘱望されたのか、話は次々と、仲人さんが、式の段取り、入籍のこと、日取りまで決められた。「恋愛」と「お見合い」の相違点は、恋愛の場合は会った時から情愛が優先するので相手の正確な実像を見ない場合が多いが、好いて好かれて咲く花はどのような実になってもその達成感は何事に換えがたいだろう。出来るなら好きな人との生涯が欲しい。お見合いの場合は互いの家柄、本人の性格など間違いがない。恋愛で結婚しても長年暮らしていると最初の熱は冷えていく。あとは運の女神に委ねればきっと“よしな”に計ってくれるだろう。過ぎた時間は戻らないが未来の時間は誰にも答えが分からない。優しさ求め、温もりを求め、歩いてきた小僧が、やっと巡り会えた。もう裁断板で寝る事もないだろう、台所で立ち食いする事もない。洗濯板で手洗いする事もない。何もないゼロからの出発点だが、世帯を持つ感激と責任が芽生えやっと一人前のゴールに達した。昭和40年4月4日。後楽園の近くの小さな神社の式場だったが結納、指輪、旅行も無く親兄弟親戚のみの神前で夫婦を誓った。ときに小僧33才、嫁26才。そして小僧一人旅は終わった。