2004-08-01から1ヶ月間の記事一覧

腐敗

戦争が終わり太平の世が長く続き同じ政権だと必ず腐敗し崩壊の原因となる。 源氏も平家も足利も徳川もみなそうして崩れていった。歴史を作るのは 人間だが太古の昔から、なに一つ学べていない人間社会とはナニだろう?

一億円献金問題

私が子供のころの日本史の三悪人といえば、弓削道鏡、 足利尊氏、そして田沼意次だった。前二人は天皇がらみ だから話題外として、側用人から老中にまで出世した 田沼意次は政治力もあったけれど、彼は賄賂で有名な人、 株仲間(今で言うなら指名業者)を積…

アテネ

メダルラッシュに沸いた今回のオリンピック。選手諸君、嬉しいときも悔しいときも 充分に楽しませてくれてありがとう。冥土の土産が出来ました(まだ早いか) ただ一つ、金の表彰式の君が代が流れている時、選手も観客もぜひ歌って下さい! 最高の舞台なのだ…

大恐竜博

広い会場の実物大の恐竜たちが並ぶさまはさすが迫力があります。 絵本とは違って孫たちも目を丸くして一つ一つを観察していました。 古代の生き物も現代も目は二つに口は一つ、ダーウィンならずも 進化の過程を孫たちと話しをしました。恐竜たちは約6500万年…

幕張メッセ

昨日の雨の一日、孫の坊主二人を連れてメッセに 恐竜展を観に出かけました。天候が雨とて電車で 行くことにしてまずPCでルートを調べその通りに 両国から錦糸町で快速に乗り換えて西船橋で止まる はずが止まらない。PCの表示を鵜呑みにした私も 私だけれ…

震災慰霊堂

大正12年9月1日の正午ごろに突然襲ったあの関東大地震は下町を 一挙に破壊し人々は当時の陸軍被服廠の空き地に殺到しおりからの 火砕流(火の竜巻)によって58000人もの方々がこの場所で犠牲に なり、その霊を慰めるために慰霊堂が建てられました。9/1日…

横網町公園

ここは私にとって散歩道というより、むかしからの憩いの 場所かもしれません。会社から通り一つ隔てた近くの 孫たちと毎日の遊びの場所ですが、40年前に商売を始めた ころにもときどきここのベンチに座って思いに耽った事も ありましたが日本庭園やいちょう…

エルミタージュ美術館展

今、博物館ではロシアの古都サンクトペテルブルグの紹介と ロマノフ王朝後期の女帝エカテリーナ二世の華麗な遺産展が 開かれています。私も観賞しましたがその優美な豪華さには ため息がでそうです。かつてのロシアにもこのような時代が あったのですね。吉…

江戸東京博物館

ここはもう説明の必要のない両国駅前の博物館。 変わった形の建物が町の景観を特異なものにしています。 しかし私にとってあの広い中間部分の敷地の広場は 子供たちの遊び場にはもってこいのスペースなのです。 自転車や犬猫もいないし毎日のように孫たちを …

両国国技館

相撲の中心はなんといっても両国。江戸時代から興行は両国を 基点に行われてきました。相撲部屋も両国に集中し戦前までは 今の回向院の隣に国技館がありましたが戦後進駐軍に接収され その後、当地はメモリアルホールや日大講堂などに利用されて いましたが…

蔵前国技館

私が上京したころ蔵前通りと隅田川と交差するところに 蔵前温泉なるものがありました。先輩に一度連れてって もらったことがありましたが湯が黒くヌルヌルして気持ち のいいものではないけど体が暖まるということで遠くから 来るファンも多かったようです。…

江戸の大火

俗に「火事と喧嘩は江戸の華」なんて粋でいなせな江戸っ子の気風 みたいな言葉がありますが果たしてそうなのでしょうか?江戸300年 の間に明暦、お七等々10回のも大火があったそうですが、その度に 再建しそのエネルギーは大したものでした。経済学で言う…

振袖火事

総武線の乗って飯田橋から四谷にかけて見えるお堀は江戸城の 外堀跡です。関が原の合戦に勝った家康は主に負けた西軍大名を 使って江戸城を築かせました。20-30年の歳月と莫大な財を使って 本丸を始め建物や城下町が一応の完成を遂げます。しかし世の常 貧富…

回向院

散歩コースの折り返し点はいつも回向院の前で手を合わせて 引きかえします。鼠小僧次郎吉や江戸時代の芸能、相撲など 活躍した人々の墓が多いので有名ですが、犬猫など小動物の 亡くなったときなど供養してくださって、それらの動物塔なども あって訪れる人…

安田善次郎(1838-1921)

富山の出身で幕末明治の岩崎弥太郎、渋沢栄一などともに 立志伝中の人である。20才の時に上京し両替商から身を興し 安田銀行(後の富士銀行→みずほ銀行)や損保会社や生保 (明治生命)など金融財閥としての基礎を築き財を成した。 成功後も質素倹約の精神を…

安田庭園

私の散歩コース、気休めの場所でもあるこの大名庭園は 今はサルスベリが池面に映えて都会のオアシスのようだ。 ここはご存知、安田善次郎が徳川御三郷田安家から購入 した広大な土地の一部だが、とても手入れが利いて春夏 秋冬を通じて心休まる静かな日本庭…

散歩の途中に蝉の亡骸を多く見かけますが彼らは7年間も地中で暮らして 7日間だけ地上で青春を送る。東京は日々発展を続けていますが今年産み付けら れた蝉の子供は7年後も今の状況とはとても考えにくい。無事に親になれるのか とても心配です。発展の裏に…

散歩

朝夕すっかり涼しくなって散歩には快適な季節になりました。真夏など ビルの日陰や木陰などを選んで斑模様に歩いたものでしたがその必要は 要らなくなったようです。私の何時ものコースは横網公園(震災記念堂) →安田庭園→国技館→回向院→江戸資料館→日大一…

アテネⅡ

野口みずきさんが一番で帰ってきた!サングラスを はずして、その素敵な笑顔でテープを切ったときの 彼女の心境たるやいかばかりか。「みずき」の名は ハナミズキに由来するのだそうで、花言葉は「返礼」 日本中に素晴らしい愛の返礼をしてくださった! 藤田…

アクロポリス

夢になってしまいましたが、中学生のころ西洋史のテストで バルテノン神殿のことが出て、その歴史を調べたとき神殿が 女神アテナに捧げられたのに其の後諸々の争いでキリスト教や イスラム教の教会に変わったりして、西洋史の原点はここにありと思い 一度見…

アテネ

日本の金メダルラッシュに朝刊が楽しみです。アテネの 記事に目が行って我がトラキチもかすんでしまいました。 インタヴューを受ける選手の顔がいいですね。ものごとを 充分に成し遂げた満足感がわたしたちにも伝わってくる ようで素晴らしいの一言です。し…

河童

江戸時代には河童は実在したようにものの本には書かれています。 全国的にはいろいろな形の河童がいたようですが、共通しているには 頭にお皿があってその中には水が無いと生きていけない動物のようです。 河童はいたずら者で子供や家畜など川に引きずり込ん…

江戸前寿司

私が上京した昭和20年代、見るもの聞くもの食べるもの なにもが田舎出の少年には、驚き初体験の連続でした。 初めてにぎり寿司を食べたときはワサビでナミダを流し ながらも、こんな美味しいものがこの世にあるのかと、 その新鮮さに感激したものでした。 寿…

老いらくの恋

人は何歳まで恋が出来るのでしょうか。野生動物の世界では サケが産卵後すぐ死ぬように、繁殖期が終わると急速に衰え 死を迎える。人は女性が40代で閉経し男性もそのあたりから 能力が衰えていく。人生80年として約半分のところで身体的な 恋の季節は終わり…

冬のソナタ

私はこのドラマを見ていないのでコメントする資格は ありませんが、なんでも中高年の女性にはたまらなく 美男美女の純愛物語がお気に入りらしいが反面、若い 女性たちはまどろっこしくてイライラして見てられないとか あれほど長い間付き合っていてなんとか…

人間一生、物見遊山

物に対しての執着心は無くなりましたが、“時”を大切にしたい今の心境です。

お出かけ

ときどき家内とコンサートや観劇など観賞に出かけます。終わって 「どうだった?」「あーよかったね」その二言で通じ合うようです。 それが長年暮らした夫婦の阿吽の呼吸かもしれません。 それより出かけてからの食事のほうに興味があります。ああでもない、…

老後の夫婦

我が家では娘たちが、巣立ち出て行って老夫婦二人の 生活ですが数年前から夫婦の寝室は別にしています。 と、云って仲違いをしているわけではありません。 この年齢になると今までは気付かなかった各個性が 顕著に表れてきて、例えば片や寒がり、片や暑がり…

納豆

「江戸っ子の食い物ってェと、蕎麦に納豆だねぇ、関西の人は 知らねぇが江戸は食べる。むかしはね、少年が毎朝、藁ズトの 納豆を売りにきたもんだ。納豆はね、藁ズトでなきゃァいけない、 (中略)スーパーなんかで売ってるビニールに包んだうすべりの 箱に…

蕎麦

ここ数日、朝夕の気温が下がって秋めいてきた感じですが 夏は暑さのせいか食欲がいまひとつ、サッパリものを選んで しまいますが先日、麻布十番の江戸時代からの老舗で更科を 食べました。さすが老舗!味は絶品です。少しコシがあって 色合い、冷たさもよく…