小僧⑯

当時の大店や商店、問屋にはたいていは「ねえや」の一人や二人は働いていた。
主に旦那さん宅の家事のほかに従業員の食事の賄いや細かい生活の配慮などして
従業員たちは「ねえや」に頭が上がらなかった。東北出身のE子さんは色が白くて
チャーミングで二十台前半の明るい女性で、みなほのかな憧れらしきものを持っていた。
現に私にも靴下の繕いをしてくれたしオカズの盛りも少しは多くしてくれたりして
お互いにレモンのような感情があったのかも知れない。旦那さんや女将さんなどにも
好かれて順風満帆のようだったが、ところがしばらくして何と妻子持ちの裁断師に恋をした。
みなが心配してそれぞれに意見したが聞く耳持たず突然に店を辞めて行き先告げず出奔した。
裁断師も辞めて淋しい日々が続いたが、半年後ぐらいだったか警察官が来て「お宅に働いて
いたE子さんが川崎の旅館で服毒自殺をしたので持ち物を調べたい」とかでみな仰天した。
女性は恋をするとエゴイストになるかも知れない。いつも自分を見つめていてくれないと
すまないし、恋に盲目になり、彼の全てを奪わないと恋の成就が出来ないと思ってしまう。
男は片思いに耐えられるが女は殆んどが耐えられない。まして彼の妻子への嫉妬心で苛まれ、
それが頂点に達し、敗れて死を選んでしまう。考えさせられたE子さんの哀しい女の一生だった。