内憂外患(26)

東京町田市で高校一年生の少女が同学年の男子生徒に殺された事件は衝撃的だ。
静岡の母親に劇物を飲ませたのも高校一年生の少女だったし、東京板橋区の寮の
管理人の夫婦も高校一年生の長男に殺害された。とみに起きる最近の凶悪事件の
低年化の傾向は憂慮すべきだが、子供から大人へのステップを歩む、この年代の
多感な時期を間違った方向に進んでしまう彼らの原因の根元を考えねばと思う。
戦後の日本の教育は親も学校も社会も総じて甘いものになっている。親にしても
子供に怒ることはあっても叱ることがない! 学校にしてもあくまで平等主義で
競争原理を教えないし罰則そのものがない! 近所の大人も子供が悪さをしても
注意も叱りもしない! 社会に生きる善し悪しや命の大切さは小さい時分からの
しつけをしないと大人になってからでは遅い事を人間として知るべきだ。例えば
電車の中のシルバー席で平気で携帯する若者やグループで大声に喋る高校生たち、
駅や公園などでたむろする暴走族たちは公衆の迷惑など考えてもいないだろう。
かつて日本の暮らしは平和そのものだった。鍵をかける家もなかったし子供達は
無邪気に近所の原っぱで遊びほけ、ガキ大将から序列のルールを学んで覚えたし
悪い事をすれば親父の鉄拳が飛んだ。我慢すること、耐えることは子供のうちに
教えないと何時教えるのだろうか。今では日常茶飯的な事件も、かつての時は
このような事が起きると「猟奇的」と言われ恐ろしい事として人々は戦慄した。
少子化、閉じこもり、情報過多など原因は多いが「駄目なものは駄目」といえる
しっかりとした基本の教育を社会全体が考えるべきだ。