隠居の独り言(96)

梅雨の露払いか最近の東京の空は灰色ばかりでお天道様が恋しい。
先ほど書き物をしていたら今年初めて耳元にプ〜ンと羽音がした。
梅雨も近づいてくるとムシムシとした湿気も嫌だが同じムシでも
蚊の襲来は気分が悪い。江戸の自慢はイタリアのヴェネツィア
並んで「水の都」だが多摩川隅田川、中川、江戸川その他掘割
まであって風情は抜群だが考えてみれば蚊の養殖場みたいで昔は
大量に発生して江戸っ子は随分と悩んだことだろう。日が暮れると
大群がどこからか沸いてきて着物から肌が露出しているところは
ところかまわず集中攻撃だからたまらない。多勢に無勢の戦いは
いくら江戸っ子でぃとイキガッテみても無駄で草木を焚いて煙で
退散をお願いして「蚊遣り」をしたらしいが、なんといっても
防御策は蚊帳が一番でこれ無しでは夏の夜は過ごせなかった。
生活から蚊帳が姿を消したのはいつの日のことだったのだろう。
子供の頃には蚊帳は健在でどこの家にも吊っていた必需品だが
ホタルを中に入れて楽しんだ事や蚊帳から出たり入ったりして
叱られた事など思い出は多い。蚊帳はけっこう重くて吊る時は
踏み台に乗り鴨居の四隅にある吊り金具に掛ける作業は子供には
とても重労働だった。でも半分吊ったときの宙ぶらりんの蚊帳を
海にみたてて泳いだりして遊んだ楽しい記憶は今も忘れない。
「夏の夜は二つ枕の蚊帳の中 鶴(吊る)と亀(蚊め)とが舞い遊ぶ」
昔の戯れ唄にこんなのがあった。