隠居の独り言(263)

芥川龍之介の「羅生門」は室町末期の京都の一場面の凄惨な描写を綴られているが
老婆が髪の毛を売るべく女の死体から抜き取る状景は、この世の地獄絵そのもので
あの時代がいかに凄まじいものだったかを物語っている。かたや将軍の足利義政
応仁の乱の武士の必死の戦いや庶民の苦しみを尻目に茶や作庭、猿楽などに没頭して
銀閣寺を建立したし奥方の日野富子は大名などに金貸しをして守銭奴になっていた。
幕府の権威などまるで無く脆弱な権力基盤はやがて下克上の風潮が普及していった。
応仁の乱も最初は京都地方が主戦場だったが、やがては日本全国に拡大して乱世の
幕開けになっていく。後に豊臣秀吉が天下統一にいたる約100年間が戦国時代だが
食うか食われるかの厳しい時代は見方によっては実力次第で自分を伸ばせることも
出来る、やりがいのある時であったろう。人は勝手なもので戦いに明け暮れる頃は
平和を欲しただろうが戦いに勝つために兵器やそれに関わる文明が発展して産業は
栄え活気に満ちていた。天下が統一されて後に来る身分制度が固まった江戸時代は
力量のある人間には面白くなかったに違いない。NHK大河ドラマ風林火山」の
山本勘助内野聖陽)の、その辺りには苦労もあっただろうがいい時代に生まれて
自らの才能を発揮できたのはまさに天が彼に器量を託したとしか言いようがない。
誰もが必死に生きざるを得ない時代は最も人間らしい情感にも富んでいたと思う。
恋人ミツ(貫地谷しほり)は甲斐の守護代武田信虎(仲代達也)に惨殺されるが
その復讐手段に信虎の息子の武田晴信市川亀治郎)に近づくのは親子といえども
骨肉の争いになる時代の背景をよく表している。親子兄弟と云えども自己欲望の
ためには裏切り行為も日常茶飯事は最も人間の本音を表現していたのだろうか。
前回の大河「功名が辻」では主人公の山内一豊上川隆也)は尾張三河から美濃、
近江、畿内、西方へと飛躍していくが、今回の主役の山本勘助は、生まれは同じ
尾張三河でも駿河、甲斐へと東方に向かって身を走らせていくのは歴史の皮肉か
必然性か、運命の神は実にいい調合をしている。大河ドラマの前半は史実的には
関与が薄いがこれからが本番の佳境に入っていく。今年も楽しませてくれそうな
風林火山」だ。