隠居の独り言(348)

第二次世界大戦前のヨーロッパはドイツ、イタリアが軍事増強と領土拡大に
勢力を傾け、それを阻止しようとイギリス、フランンスとの衝突は不可避に
なっていたがイギリスの首相チェンバレンはドイツのヒトラーと宥和政策で
ミュンヘン協定を結んだが僅か一年でドイツは協定を破りポーランド侵攻
ご破算となる。同盟とか協定などは破られるためにあるようなもので日本も
大戦末期にロシアが不可侵条約を一方的に破棄して北方領土を奪い去った。
これは20世紀初頭の事だが16世紀の日本でも同じような争いに明け暮れた。
群雄割拠の戦乱の時代は勢いが互いに均等しているときは戦って傷付くより
同盟関係か、それより深い姻戚関係になって二国間の国境の平和を模索して
それ以外の土地を獲得して勢力を広げていく戦略をおのおの大名達は考えた。
戦国中期の関東甲信越の地帯は屈指の英雄達が激突してしのぎを削っていた。
相模の北条氏康(松井誠)は関東一円を支配下に置くために積極的に北上し、
駿河今川義元谷原章介)は東海地方から京に向けて覇権を求めて西進し、
甲斐の武田晴信市川亀治郎)は勢力拡大のため信濃へ進攻を開始していた。
けれどそれぞれの野望を遂げるためには隣国とのよしみをしなければ背後が
心配で容易に動けない。三者は年齢も近く知略、軍事力、経済力が伯仲して
均衡破り難く、互いの息子や娘が結婚をして1554年に北條、今川、武田の
三国同盟締結で後顧の憂い無く彼らは近隣の諸国に勢力を拡大していくが
昨夜のNHK大河ドラマ風林火山」では、その前ぶれの情勢を描いている。
由布姫(柴本幸)が晴信の子を懐妊して山本勘助内野聖陽)は我がことの
ように喜び、策略のため駿河の今川家に向かう。彼の目論んだ武田家繁栄の
ストーリーが着々と実を結んでいくのは知略家冥利に尽きたに違いない。