隠居の独り言(558)

我が家は浄土真宗西本願寺派に属しているがそもそも浄土宗は鎌倉初期の
法然上人が興したもので、その弟子の親鸞によって真宗が全国に広められ、
信仰するものを門徒という。日本の宗派のなかでは最も人数が多いらしい。
キリストやイスラム一神教ではゴットという絶対的な信仰対象があるが
浄土宗は阿弥陀如来という神秘的な絶対者を編み出し死んだらその如来
救済していただく(他力)という分かりやすく簡素に拝める方法を考えた。
南無阿弥陀仏の念仏は、そこに始まるが念仏を称えれば極楽浄土にいける、
難しい経典の教えもナムアミダブツの七音で良いとされる結構なものだ。
その極楽浄土は真西にあって太陽が真西に沈む春分秋分の日はこの世と
あの世が結ばれ西に向かって祈れば、この生前の行いが功徳となり死ねば
浄土というあの世に仏として往生出来ると教えられる。だが親鸞の代から
8代が経ち蓮如の代の戦国期に大阪本願寺を建て織田信長と戦争をしたが
蓮如門徒に対して相手と戦って死ねば極楽に行けると信じ込ませ必死に
抵抗したから信長軍は手こずった。宗教戦争とは今も昔も権力者が勝手な
名目で信者達を利用しているとしか思えない。しかもその後蓮如は戦略で
息子の教如と仲違いをして派を分け今に至っても西や東と後を引いたのは
これは教えとは掛け離れた権力闘争以外の何ものかと疑問に思ってしまう。
門徒は死ねば戒名も「釈」の字に二文字を加えるだけで簡素なのはいいが、
お布施として多少のお金を取られるのは、どの宗派もたいして変わらない。
真宗の元祖の親鸞は寺を持たず国々を歩いて墓を作ることはしなかった。
その意味で本願寺の派閥争いや門徒に質を取るような寺の墓には地下の
親鸞は怒っているに違いない。人が亡くなると「空」になるという思想の
インド仏教は死ねば火葬だが、中国の古代の習慣では地下に第二の生涯が
あって貴族等の権力者たちは石棺に日用品や宝石などと一緒に土葬された。
それが時代を経るにしたがって仏教にも取り入れられ墓の概念が生まれる。
日本も江戸時代までは墓を持つのは武家以上の家柄だけで大部分の庶民は
亡くなると埋めて石などのしるしを置いておく、その程度のものだった。
死生観は誰も違うが、宗教は生きるための指標であって、死んでからの
供養だけのものではない。さて自分もいつか死ねば「空」になるのだから
骨という物質のための墓なんて要らない。そう思いつつも日本人の習慣の
墓参りのためには買わねばならないのかな、と残された家族に思う昨今だ。