隠居の独り言(601)

幕末に起きた長州征伐は二度に亘って行なわれた戦いだが結局は失敗に終わる。
しかも二度目は幕府軍の全面的な敗北で、家茂(松田翔太)の死をきっかけに
慶喜平岳大)の意を受けた勝海舟北大路欣也)と長州の広沢真臣が宮島で
会談し停戦が行われた。実質800万石と称された徳川幕府長州藩37万石に
滅多打ちにされた原因は何だろう。長州藩は関が原の合戦で西側に付いたため
120万石あった領地を徳川家康に減らされて飲まず食わずの状態で忍びながら
干拓をして米の増産や、銅、紙などの産業の志向をして殖産興業を図っていた。
軍事面も高杉晋作らが西洋式軍政を採用した民兵組織をフルに活用させた事も
大きく貢献をした。長州藩のみならず特に西国の雄藩は殖産・教育・軍事など
全てが顕著だった。それに比べて幕府体制は昔からの農業政策一本でそれらの
停滞ぶりはノンキなもので幕臣の子弟は無学のまま生涯を送っていたし江戸の
旗本は放埓で、いなせな文化を楽しんでいた。旗本八万騎という家康が作った
軍事組織は長年の鎖国と怠慢で、いざ鎌倉の時は何の役にも立たなかったのは
怠け癖がいかに人間を駄目にするかを象徴するような江戸侍は実に情けないし
京都からの治安の取締りの要請も新撰組という下級武士や百姓のにわか集団を
派遣せざるをえない、みっともない事は江戸幕府の凋落ぶりを物語っている。
NHKドラマ「篤姫」は父・斉彬(高橋英樹)、夫・家定(堺雅人)を亡くし
立て続けに子・家茂の死を知った天璋院宮崎あおい)は悲しみに沈んでいた。
一方、和宮堀北真希)が、髪をおろすこともなく京へ帰ると聞き真意を問う。
薩摩では帯刀(瑛太)が久光(山口祐一郎)の命で京都へ上る準備をしていた。
帯刀は西郷(小澤征悦)、大久保(原田泰造)と協力し、坂本龍馬玉木宏)と
作成した有力大名たちが政治に参加する雄藩連合側へ奪取しようと図ったが、
一橋慶喜の巧みな政局操作により短期間で挫折をする。こうなれば軍事力で
幕府を倒すべしと決意する西郷と大久保に帯刀は衝撃を受ける。幕末における
諸大名や志士たちの権謀術数は止まるを知らない。