隠居の独り言(618)

師匠も走るという忙しい暮れの月のはずなのに、今年は殆どの産業に不景気風が
直撃して、仕事が無い、物が売れない、失業者が増える、株が下がる、これでは
気持ちばかりが急いて師走の気分にはとてもなれない。自分の会社の売り上げも
夏をピークに急降下の状態だが秋冬物もパットせず例年だと今の時期は春夏物の
受注期だというのに、俗にいう「食い付き」が悪いのは世間の不景気の雰囲気が
同業に携わる人達の気持ちを足踏みさせている。人に会えば景気の話しばかりで
具体的な進展が無いのは各々が、じっと我慢の子で来る春を待っているのだろう。
夏ごろまでは平穏な景気が続いていたのに、突然のようにアメリカの金融破綻の
キッカケで世界は一挙に不況の谷底へ落とされた。超大国アメリカの金融崩壊は
日本のバブル崩壊と規模が大きく違うのは、流石はアメリカと妙に感心もするが、
そんな事を言っている場合じゃない。世界に波及した同時不況の荒波が押し寄せ
国内でも吹けば飛ぶような零細企業にも深刻で年末は倒産件数も最悪だという。
現実に同業者の大手のK商事が秋口に会社更生法を申請し事実上倒産をしている。
あらゆる産業の出口の見えない複合不況は深い霧の中を歩いているようで今までの
商いの経験でも好不景気にはあまり左右されなかった業界だったが今回は異常だ。
倒産は避けられても先の見通しが立たない現況では廃業する同業者も相当に多く
聞くごとにますます気が重い。創業して50年が過ぎ、歳老いた自分もここらが
潮時のチャンスだが、といって廃業の出来ない理由の一つは今まで何十年と苦楽を
共にした職人の殆どが65歳以上の老人で収入が国民年金のみでは暮らしが出来ず
仕事が無いと生活が成り立たない。職人との間柄は阿吽の呼吸の分かる仲間同士の
戦友ともいうべきで自分一人が抜けるのも気が引ける。老い、不況、仲間、家族、
時勢の流れをどうあがいても仕方ない。今月恒例の忠臣蔵の幕開けも間もなくだが
「年の瀬や、川の流れと人の身は、あした待たるる、その宝船」浪士・大高源吾が
詠った短歌は、今が難儀でも時が経てばいい日が来るのだと淡い夢を託している。