隠居の独り言(777)

「泰平の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船)たった四杯で夜も眠れず」詠み人知らず・・
上喜撰とは当時の銘茶だが、こうしたメッセージを壁新聞のように匿名で立て札に
朝早くそっと掲げる。見つかれば死刑もので作者は命がけだった。だから落書きは
「落首」といって庶民に、もてはやされ施政者は目の敵にした。見張りの辻番達は
発見すると即時に撤去するが、それまでには多くの人が見て世間に伝わっていった。
承知の通りペリー来航は日本にとって衝撃的な事件だった。ドォ〜ン、ドォ〜ン、
1853年の春先、突然今まで耳にしたことが無いような大砲の轟音の雄叫びとともに
巨大な黒船4隻のアメリ東インド洋艦隊が浦賀を経て江戸湾に深く侵入した時は、
上は幕府のお偉方から下は市井の庶民に至るまで大騒動になり驚きに震え上がった。
よく見ると軍艦の煙突からモクモクと黒煙を上げ左右の外輪で水をかいて進行する
大船の姿と速さは今まで見慣れた帆船を超越して蒸気で動くシステムにも驚愕した。
講談師、見てきたような嘘を言い、でなくても人々の周章狼狽が容易に想像される。
なにしろそれまでの日本は蝉に譬えれば天地を知らない地下幼虫の二次元の世界で
いきなり差し込んだ三次元の明光に世間は右往左往したに違いない。この時点から
幕末の騒乱が始まる。幕府の要人や先見の大名達は黒船来航を深刻に受け止めたが
何も知らされていない日本中の武士達は神聖な我が国に異国人が来るとは何事かと
殆どが外敵を討つべしとの攘夷論が沸き立ち皇室まで巻き込んで大波となっていく。
攘夷は蟷螂の斧(自分の微弱な力を顧みず強敵に反抗すること)のようで、思えば
滑稽だが、250年もの長い間、鎖国を国是とした時代を経れば当然の人心であった。
今回の大河ドラマ「竜馬伝」の背景だが、竜馬(福山雅治)は船を一目見ようと
停泊している浦賀沖に出かけるが、道中で桂小五郎谷原章介)と会い二人は
黒船を間近に見ることになる。槍や刀では敵わない圧倒的な西洋文明の凄さを
見せ付けられ、竜馬は剣術修行に明け暮れる今の生活に疑問を感じはじめる。
竜馬の人生観は、ここで大きく変わったといっていい。