隠居の独り言(859)

昔、両国の時津川部屋の傍の写真館の隣に住んでいて、若いころに時々見かけた
憧れの的、女優・池内淳子さんが鬼籍に入いられて、しんみりとしていた矢先に
今度は、男性の憧れの的、万年青年と称された池部良さんの訃報が入ってきた。
池部良さんは戦争中に招集され南洋の孤島でアメリカ軍の空襲と飢餓に苛まれて
終戦を迎えた経歴の持ち主で戦前生まれの自分として身近な戦友のように思える。
自分が上京して先輩と初めて映画を見たのは「青い山脈」だが何もかも眩しかった。
昔の格言に「天は二物を与えず」があるが格言が信用できないのは池部良さんが
著名な洋画家を父に持ち、いとこには画家の岡本太郎がいる優秀な家柄に生まれ
175センチの長身の美貌なイケメンは青春スターとして一世を風靡し、そのうえ
一流の随筆家として名を成し、そして長寿まで与えられた幸せは天の与え過ぎだ。
92歳の亡くなる直前まで筆を握っていたというから、なんとも言葉が出てこない。
小林桂樹谷啓藤田まこと井上ひさし等も去り、昭和はますます遠くなった。
昭和の時代は「あんなこともあった、こんなこともあった」が、その悲喜交々と
日進月歩の文明の発展は何世紀の後の歴史家はどう分析し、どう評価するだろう。
有名であろうが無かろうが同じ世代を生きた一人として彼らの冥福を祈りたい。
人間は見送り、見送られながら果てしない生命の営みを続けている。松尾芭蕉
「こおろぎの忘れ音に啼く炬燵かな」と季節を過ぎて弱々しく鳴く虫を詠ったが
いつか自分の営みも途絶えていく。だからこそ今が愛しい!