隠居の独り言(877)

渡辺淳一の「孤舟」を読んだ。多分、平均的であろう定年後の夫婦の生活を
描いたものだが、そのポイントは男という生き物は女子供のために働くのが
本来の姿であり職を閉じて定年になると収入は減り、そのうえ家に居続けて
家族との対話も無く、妻に朝昼晩「オイ、メシ」で食事をし、たまに家事を
手伝えば勝手も知らずかえって手間がかかる産業廃棄物的存在になっている。
といって今更別れる度胸もスタミナも無く惰性に流される空しい夫婦の物語。
ウン十年前に燃えるような恋愛を経験し結婚式のとき神父さんと両親の前で
「病めるときも健やかなときも」と愛を誓った言葉と感激はどこへいったのか?
そもそも人間も含めて生物の雄は哀れなものでオットセイやライオンの雄も
大勢の雌を従えハーレムを作って一見は幸せそうでも強いライバルが現れて
戦って負けると追い出されてしまう。今まで雌が取った餌を食べていたから
食もままならず飢死の末路が待っている。カマキリの雄はやっと巡り合えた
雌との交尾中に食べられてしまう哀れさだが恋の成就に命を捧げたのだろう。
蛙の世界は雌一匹に雄十匹の女ヒデリだが雄たちの並大抵の苦労が忍ばれる。
そこへくると人間は繁殖期という「定年」が過ぎてもまだ人生の半分以下で
「用」の済んだ定年夫婦が神父さんに誓ったように老後を仲良く連れ添うのは
容易なことでなく、それぞれがよほどの忍耐と苦労が要求されるのは当然だ。
でもこれからは男女雇用平等の時代であり勤労女性の地位が当たり前になり
男が女子供を養う観念そのものが薄れていけば「孤舟」の形も変わるだろう。
元総理吉田茂の秘書官だった白洲次郎は生涯に亘り妻正子と仲が良かったが
晩年、夫婦円満でいる秘訣は何かと尋ねられて「一緒にいないことだよ」と
語ったという。言いえて妙!それぞれが仕事を持ち、それぞれが趣味を持つ。
それも中途半端でなく精を込めて・・そしてたまに夫婦で小旅行を楽しもう。
人間は生涯に亘って働くように出来ていることを忘れてはならないと思う。