隠居の独り言(952)

秀吉(岸谷五朗)は関東の北条氏を滅ぼし天下統一事業を果たし子の鶴松を儲け
順風満帆だった天正19年の頃を境に急速に精神状態が衰え始める。その原因は
何だったのだろうか?その境、つまりターニングポイントは長年苦楽を共にした
弟、秀長(袴田吉彦)の死ではなかったかと考える。戦国期の兄弟の例は身近な
ライバルのようで憎しみ殺し合いが多かったが秀吉・秀長兄弟はとても仲が良く
車の両輪のよう羽柴→豊臣の車を走らせていた。信長(豊川悦司)に仕えた頃も
中国攻めの時は秀吉が山陽路を秀長は山陰路を進んで、後の九州攻めでは秀吉は
肥後路、秀長は日向路というように助け合い、秀長は秀吉の補佐役に徹し軍事面
財政面にも深く関わって豊臣政権NO2の地位とともに暴走しがちな兄の秀吉の
ブレーキ役としての役割は大きかった。北条攻めの時は秀長は病に伏していたが
秀吉年来の天下統一が成り子供が授かった喜びと反面に弟の秀長の死の知らせは
想像も付かないが秀吉を狂わせてしまった。まず秀長の死から僅か20日で今まで
側近でもあり常に秀吉に重く用いられてきた御茶頭の千利休(石原浩二)に突然
蟄居を命じ切腹させるという事件が起きた。秀長が弟として秀吉よりも少しでも
長命だったら晩年の秀吉の怒りを鎮め利休事件、関白秀次(北村有起哉)の虐殺、
朝鮮出兵、そして後の関ヶ原も無かったろう。歴史とは惜しい人ほど早く消える。
大河ドラマ「江」は、北条攻めで勝利に終わった秀吉は論功行賞として家康に対し
所領を加増すると見せかけて関東への国替えを命じる。大名としての力を大きく
削がれる非情な裁定を受け入れ家康は新たな拠点となる江戸の地へ旅立っていく。
今は非情だが結果的には江戸時代の幕開けであり歴史の大きな曲がり角であった。
一方の江(上野樹里)は傲慢さを増していく秀吉を公然と批判し茶頭辞任を申し出た
利休を案じ秀吉の甥・秀勝(AKIRA)に相談するが家康と大阪を去ることになった
秀忠(向井理)は江を冷やかしながら別れを告げる。秀長の死に落胆する秀吉に
三成(萩原聖人)は敵視する利休の断罪を進言する・・・