隠居の独り言(1238)

80年を生きて今までどれほどの人と出会い、どれほどの人と別れたか想像つかない。
親子であれ、夫婦であれ、仕事であれ、友人であれ、人間関係ほど難しいものはない。
どんな人間でも誰かに好かれ誰かに嫌われる。誰にも嫌われないほうがいいけれど
現実はそんなに甘くない。中学時代の友人から年賀状を頂くこともあれば一期一会の
親しく話できた人もいる。若い時には好きになった人から冷たくされた苦い経験もある。
今年も年賀状の数が減っていくのも、年を経るごとに過去の人の決別を意味している。
若い頃、取引先でこちらのミスで土下座させられたことがあったが、そこに人情はなく
あるのはお金のことで立場を変えれば相手はカンに障って怒鳴ることだけだったろう。
長年に商取引する身だがいつも商人は孤独で誰も心から信じてくれないのが宿命だ。
心を許せる友は損得という商を離れた人でないと気持ちの底に不信の念が付き纏う。
独身時代にYMCAで知った旧友とは今も時々会い安らぎを覚えるのも人生の財産だ。
古希を過ぎてから知り合い良い友になった人もいる。しかし長く付き合っているうちに
ダメになる場合もある。人生の中で「あなたとはもう付き合わない」と絶交されたことが
二度もあったが決定的な事がらもなく温度差のようなものが生まれてしまったのだろう。
自分には友人に絶交宣言する勇気も人を傷つける気持ちもまるでないが心ならずも
負の結果になったなら、それとなく遠ざかり相手の気分を損ねずそっとするのがいい。
そもそも人はそれぞれ個性を持っている。性格も違えば、人生観も異なるのは当然だ。
人は自分と違うという観念と理解が無ければ、人そのままを受け入れる人間関係は
長続きするはずがない。友人とは個性と個性のぶつかり合いでウマが合わなければ
実に脆いものだと思う。人は誰もが美醜を内に持ち合わせている。どんなに親しくても
所詮は別の人間で、性格も方向も感性も違うのだから完全に理解できるはずがないし
だから自分のことを全て分かってもらえるなんて不可能であり、求めることもできない。
家族と少数の友人だけが、あるがままの自分を認めてくれればこれ以上の幸せはない。
今年もどんな出会いと別れが待っているのだろうか。恙無い一年を願う。