隠居の独り言(1244)

「働かざる者、食うべからず」という古い言葉がある。昔はそれが当り前と思っていた。
だから若い時は懸命に働き、無駄を省き貯金をして老後に備えるのがモットーだった。
昔は今のように老後の年金・健保の社会保障もなく国は何の面倒もみてくれなかった。
イソップ物語に「アリとキリギリス」があるが同じ趣旨だ。真夏の暑いさかりにも働いて
冬に備えたアリは寒中でも暖かく暮らしている。かたや遊んでばかりいたキリギリスは
住む家もなく冬を越せない。因果応報とは仏教の言葉だが当然の帰結であるはずだ。
昔の教えでは、良いことをすれば死後は極楽浄土が待っているが、悪いことをすれば
地獄に堕ち、閻魔さまに舌を抜かれる。でも必ずしも正直者が真っ当で幸せな人生を
歩むとは限らない。正直に頑張っても報いられない人もあれば箸にも棒にもかからぬ
怠け人でも思わぬ僥倖にありつくこともある。複雑な人間社会はそこに運というのが
介入してくるからだ。だから人間は生まれながらに不平等を自覚しなければならない。
子供時代の大戦もそうだった。あの頃はどんなに、いい行いをしても現世で神や仏が
助けてくれることなく極貧にさらされた。でも百姓の子が白い握り飯を食べていたのに
不公平を感じたし、祖国のため戦い不運にも戦死した兵に何と説明すればいいのか。
先の大震災の津波で命を落とされた方は、おおむね優しくて人を思う方が多いと聞く。
そこには神も仏もなく因果応報も全く関係ない横暴な選択と理不尽だけがそこにある。
最近の報道でプロ野球田中将大ヤンキースに移籍して7年契約161億円という。
市井一般の庶民からすれば何とも羨ましい限りだが、しかしこれが世の中というもの。
運命は不公平であり、才能も、性格も不平等であるのが世の中の仕組みというものだ。
資産家に生まれた子は、一生食べるのに苦労はないし将来の結婚も良縁に恵まれる。
美人に生まれた女性はイケメン、年収、出世といった好男子に嫁ぐ確率は高いだろう。
「妻を娶らば才たけて見目麗しく情けある」の詞は嫁の理想だが恵まれた男性のみに
与えられた特権だ。大抵は結婚した相手が、暴言を吐く夫でも、性悪な性格の妻でも、
おしなべて生涯を耐えなくてはならない。しかし足りぬ自らの才能、性格の使い道や
小さな幸福でも喜べる感性は、どの場面でも忍ぶことによって、例え不幸な出来事に
出くわしても跳ね返す能力が備わる。自分は、学歴もなく資産もなく長けた能力もない
凡才だ。でも凡才なりに世の中に揉まれながら、今まで無事に過ごせたことの好運を、
運の神と、自分を知る方々に改めて感謝したい。