隠居の独り言(1376)

数十年来の友人が亡くなって通夜に出席した。若い頃YMCAで歌った友人だったが
通夜には仲間の一人も来ていない。現在、仲間たちは或いは病み、或いは亡くなって
友人の葬儀に出ることも叶わなくなっている。若い日にYMCAコーラス部に入った時、
50人ほどの生徒で合唱曲を楽しんだ。メンバーはその後、仕事に就き、所帯を持って
合唱からも離れたが定年を迎える頃に再会し、同窓会の形で毎年会っていた。しかし
悲しいかな、昭和一桁世代は今のネット時代に立ち遅れメール連絡もできず、まして
ブログやFacebookなど楽しんでいるメンバーもいないので独り淋しい思いをしている。
連絡方法は電話か手紙だけだが、何かの理由で途絶えるとそれっきりになってしまう。
昨年暮れもメンバーのひとりの喪中葉書を頂いたが知らせの黯然の気分は今も残る。
青春時代を共に遊び共に学んだ友の死は特に衝撃的で戦前戦後に生きた同世代の
メンバーたちの価値観の共有した和みあるお喋りも消えて、無常観は言いようがない。
その言いようがない淋しさは孤独、不安、焦燥、そしてやがてくる死の恐怖におののく。
坊主が唱える読経を皆静かに聞いているが死の悲しみをボカしているように聞こえる。
罰当たりだが、お経は漢文で書かれたものをオンで読んでいるから意味も分からない。
歌が好きだった故人だから読経より昔の合唱曲を式場に流したほうが喜ぶと思うが
葬式のしきたりだから仕方がないのか。静寂ななかで読経と木魚を叩く音だけが響く。
老人になると葬式の感情は若い時と今ではまるで違う。若い時の葬儀出席は単なる
セレモニーだったが今ではお迎えの次は自分かなと思うと長く座って足の痛い退屈な
読経の時も説教を聞いているように神妙になるから不思議なものだ。八十路になると
命の約束は単年契約で複数年の保証はない。友は自分と同年だが近く冥途で会える。
自分が死んだらどうなるのか。昔、祖母が話してくれた。人が死ぬと三途の川を渡り
その向こうに閻魔様がいて生前の行いを審議され極楽か地獄かの選択を定められる。
誰も良い行いばかりしていないので、まず本名を隠す。それが「戒名」だと聞かされた。
仏教は釈迦によって始められたが後世の日本仏教のよう死者に対しての崇拝はない。
だから自分に戒名は無用。サンシャインストリートの人生じゃなかったが言い訳もない。
そもそも葬儀は要らないし、忙しい方々に自分のため時間を取らせるだけお気の毒だ。
昔のメンバーが誰もいなかった通夜。終わってひとりでお弁当を食べ喪家の人たちが
「ありがとうございました。お大事にどうぞ」で別れる。人生の終いなんてこんなもの・・
同窓会で歌った「遥かな友に」をひとり口ずさんだ。そして本当に「遥かな友」になった。
人はひとりで生まれ、ひとりで死んでいく。友との若き日々を思いひとり帰路についた。