隠居の独り言(1398)

前項の続き・・帽子製造業の形態は問屋に卸す会社と、その会社に属する職人との
連合体で構成されている。会社では受注した帽子のデザインの型出しと生地の裁断、
裁断された生地と付属を縫製に出し、縫製された品の仕上げ、そして問屋へ出荷する。
縫製の職人の殆どは一軒家の中で家族、夫と妻で仕事を分担して帽子を作っている。
工程的には職人の夫がミシン掛けの縫製をし、妻はアイロンなどの下仕事をしている。
職人の仕事は大変だけれど、それに付き合っている奥がたの苦労は並大抵じゃない。
仕事ばかりではなく家事をこなし子育てもし、なお仕事をしなければならない苦労は
言葉もない。若い時は、幼い子を背負いながら仕事に打ち込む姿をいつも見ていたし
愚痴こぼさず、家の切り盛り、家計のやりくり、家族の世話、そして仕事手伝いだった。
政府の保育園増設、男の子育てニュースなど、虚ろにしか聞こえなかったに違いない。
仕事は季節物が多いので繁忙期など休日などなく、また労働時間なんてあってない
ようなもので朝から夜まで同じ姿勢で仕事をしているのが実情であり今のモラルでは
考えられない。それもアクシデントの怪我や病気をした場合仕事中止もやむを得ない。
普段、同じ二人一組の仕事なので片方が何かの理由で出来なくなったらお手上げだ。
当然に何の保証もなく収入も突然途絶えてしまう。工賃仕事の辛さはこんな所にある。
会社と職人の間柄は雇用でなく取引関係なので、源泉税も年金や保険の補償もない。
歳を取って仕事を辞めるにもサラリーマンと違って退職金もなく年金も基礎年金だけ・
それも月に満額で65,000円しかないのも切ないが、生活のために働かざるを得ない。
年金ひとつだって、勤め先の会社が半分持って月給から天引きされるサラリーマンと
収入の中から納めなくてはならない負担感がまるで違うのは払った人しか分からない。
定年後、悠々自適に暮らしている人たちを見聞きする度に己と比べて辛いことだろう。
世の中が不公平なのを身を持って知り、職人の多くは「人生をやり直したい」という。
日本は技術立国なのに「ものづくり」に携わる人を冷遇するシステムが気にいらない。
職人という、モノを作る人を大事にしない今の日本の世相が間違っていると痛感する。
かつて職人はプライドをしっかり持っていた。職人気質という言葉であり、良い品物を
作るプライドだ。今、職人は自分の職を人に言えないという。戦後の貧しかった時代を
今の豊かにしたのも職人あってのことは言を待たない。そのことをみんな忘れている。
目先の金儲けに走る人間や職種を、もてはやし、敬っている世の中は、どこかおかしい。
ひたむきな人、縁の下の力持ち、声無き声を大切にしない世間はやがて滅びるだろう。