隠居の独り言(1500)

このシリーズも、いつのまにか1500回になった。最近はブログの更新も減っているが
よくここまで続いたものと感慨深い。そもそもパソコンを新しく使用したのが70の頃で
仕事の関連で否応なくパソコンを仕入れたが最初チンプンカンプンで若い人の教えと
苦労の甲斐あって何とかここまで辿り着けたのは運が良かったとしか言いようがない。
世の中の変化が激しく昭和一桁生まれの人たちは定年後にネット社会が訪れたので
殆どがバスに乗り遅れた。そんな中でこうしてインターネットを楽しめる喜びは現役を
続けられたからで仕事様々だ。世間は「自分史」とか「マイ・ヒストリー」といった自分の
人生録を書き綴るエッセーに取り組んでいる人も多い。けれど単に自分だけの歴史を
綴ってもネタがすぐ無くなるが、長く続けるためには自分の視野を広め多少の筆力も
必要であるのは言うまでもない。自分の生活から離れ政治、経済、趣味、芸能ネタに
至るまで幅広い知識が必要だ。その点、小説家、脚本家の自らのフィクションを創る
能力はたいしたものだと尊敬する。無論、読書も欠かせない。その好奇心が文章の
リズムと起承転結に結びつく基になる。起承転結は冒頭と結びの言葉で決まると思う。
広島を訪問したオバマ大統領は冒頭で「71年前、雲一つない明るい朝、空から死が
舞い降り、世界が変わった」と語り聴衆を釘付けにしたが、何という素晴らしい演説は
オバマの魔法のような言葉の魅力といえる。知識や体験のためには元手もかかる。
書き続けるには資金も必要なのは今更でない。ブログを続けていると、指摘を受ける
ことも多い。間違った文章で、お叱りを頂戴するのは、とても勉強になるので嬉しいし、
読んでくださっているご厚意に対し感謝している。しかし中には嫌がらせや中傷も多い。
でも「人に嫌われてもいいや」という強さや度胸が備わってくる。信念さえが備わって
いれば、例え中傷されても、おおらかに笑ってしまえる勇気が生まれる。様々な方と
知り合えたのが心の財産になったのも素晴らしい。言うまでも無く、人生は産まれて
死ぬまでの時間だが、使い方によって幸せにも不幸にもなる。人生は一度しかない。
タイトルのように隠居もしたいけれど生涯働くことが健康、経済、生き甲斐には最高の
生き方だと自負している。終わりは必ずだが人生を振り返って全て良かったと満足だ。
「隠居シリーズ」の最初は2006年1月だから10年半の歳月を要している。あの頃も
健康だったが今も、とりあえず健康を維持している。ブログも健康あってのブログだ。
「隠居の独り言」のパーソナル・ヒストリーの最終回の日は神さまの思し召し次第だが、
次は2000回を目指したい。