隠居の独り言(1578)

今日は3月3日の雛祭り。今年も七段飾りをしようとしたが孫たちが大きくなるにつけ
それぞれの生活用品が増えていくので飾る場所に窮し、今回は箱の中でお留守番。
我が家の雛人形は輿入れして今年で50年の節目だけれどそんな事情で仕方がない。
節句とは、季節ごとに無病息災を祝う儀式で遠い昔の江戸時代から定められていた。
雛祭りは五節句(1/7)(3/3)(5/5)(7/7)(9/9)の一つで別名が桃の節句。昔の農家では
農作業が始まる時期で、豊穣祈願や禊(みそぎ)の行事として藁の人形を川に流した。
貴族社会では子女が人形のままごと遊びで今の季節は「ひいな遊び」と称されていた。
後に、この二つが混同されて雛祭りという儀式になったらしい。江戸時代の初期には
人形は男女一対だけのものだったが時代と共に徐々に雛人形が増えていく。一段が
三段になり、三段が五段になりと、結局は金満家の見栄の張り合いが人形を多くした。
三人官女、五人囃子、左右大臣など、牛車から裁縫箱までと時代とともに増えていく。
上流武家や裕福な商家は雛人形が嫁入り道具の一つとなり豪華さを競う時もあった。
でもあくまで上流社会の話で長屋暮らしの庶民は雛祭りどころでなく、子供も人形より
花より団子で、あられを食べる節句の習慣ができた。雛あられもこうして生まれ菱餅
白酒も節句の食べ物として定着する。派手な雛壇が盛んになったのは戦後のことで
戦前生まれの自分は節句は知っていても一般家庭に入るなんて想像も出来なかった。
平和がもたらした雛節句、今年もお雛様セットが家族の絆の象徴として鎮座している。
♪明かりをつけましょ、ぼんぼりに・・・