雪五尺

信濃川は越後米の産地として新潟平野を潤す「母なる川」
である。今回の震源地は上、中流域の十日町盆地のあたり
らしいが戦後に原と呼ばれる高い段丘面に開拓村が誕生し
そのあたりが特に被害が激しいようで早い復旧を期待する。
ともかくあのあたりの雪の降り方はハンパなんてものじゃない!
水気をタップリ含んだベタ雪ドカ雪が一晩に2メートルも降り積もる。
住民は雪を掘り下げ外に這い出る日々を日常的にしいたげられる。
謙信が生んだ新潟県人は忍耐と鍛錬の人々で他所者に恐れられ
徳川幕府からは一国一城の決まりからは外されて小さく分散された。
「新潟の連中は辛抱強くて働き者だ、その反面、雪で苦労して諦めも早い。
 逆らってもしょうがない、世の中はなるようになる。だから根強いのだ」
角栄が診立てた県民気質と自己批判だが、これをテコに新潟を大きく変えた。
「これがまあ終(つい)の棲家か雪五尺」 小林一茶
頑張ってください。