小僧④

店の玄関正面には二十畳ほどの応接部屋があって中央には長火鉢が
置かれてあった。長火鉢には引き出しが付いていて中身はソロバンや
簡単な記帳綴り、茶道具の他にセンベイやノリなどが入れてあった。
乾燥させるための知恵であったのだろうか、お客さまが見えると番頭さんが
火鉢に沸いている鉄瓶でお茶を入れて、一口センベイでおもてなしをした。
私の役目は朝の一番に炭をおこし火鉢の他に5個の七輪に練炭に火を点ける
ことだったが慣れるまでにはなかなか上手くいかなかった。みなが仕事に
付くまでの時間で、煙で涙を流しながらの作業の苦労は今も忘れられない。
練炭の火の寿命は7,8時間で暖房器具と同時に仕事にも使用し帽子の
庇部分の表生地と芯に糊を貼り手製のむろで乾燥させる工程の一部だが、
その糊の匂いが工場に立ち込め異様な雰囲気のなかで仕事にあけくれていた。
環境的には決していいとは云えなかったが働いている人たちの気持ちは、
いずれ独り立ちの夢に希望を抱いて一生懸命に頑張っていた。