小僧⑥

戦後間もなくの田舎出身の小僧たちの東京暮らしは見るもの聞くもの全てが
珍しさと驚きの連続であった。当時はまだ都市と地方の生活の格差は相当で
日本人の大半は農家で農地改革の前の小僧たちは小作人の倅が多く衣食住の
初めての体験は私も含めて新鮮そのものに映ったに違いない。例えば着る物、
上京したとき殆んどの連中は越中ふんどしでパンツに履き替えたときなどは
落ち着きが無く(男でなければ分からない)下駄がサンダルか靴になったり、
水道、ガス、電話、水洗トイレ等々、食べるものも一汁一菜とはいえ初めて
口にするのが多く楽しかったが、さすがの私も納豆とクサヤには閉口した。
ラムネ、ガム、チョコレート、サンドイッチ、チューインガム、コーラ等初めて
食するのは、ちょうど探検家が未踏地を歩む気分で味わったに違いない。
小僧たちは今までの生活とは別世界の新鮮さに普段の苦労も和らげて仕事に
励んだわけだが、それでも苦労に耐えかね辞めていく連中も多く出入りもあった。
私の勤めたころは戦後の成長期の前だったので就職難時代で、ご飯が食べられて
寝る場所があれば、それで良しとしなければならず、私自身も会社の方針で
リストラ式に別の繊維会社に出向的に籍を移さねばならないことになっていた。