小僧⑮

♪もういくつ寝るとお正月、こんな子供心のような待ち遠しい正月の三日間だった。
元旦の朝早く、土産の荷物を背負って東京駅から故郷へ旅立った。上京したころの
東海道線は沼津から先はD51蒸気機関車沼津駅電気機関車と連結替えのために
30分ほど待つため乗客たちはホームに出て疲れた体をほぐしたり駅弁を買ったりして
しばしの休みを取った。乗車時間は年代とともに早くなっていったが、それでも新幹線が
走るまでは10時間はかかった気がする。搭乗客も多く大抵は東京駅で座れなかったが
途中、熱海ぐらいで腰を下ろせた。「ふるさとのなまりなつかし停車場の」の歌のような
雰囲気の中で苦労しながらそれでも帰った故郷は誰もが持つ帰巣本能だったかもしれない。
汽車に揺られて播州平野が近づくと車窓から遠くに姫路城が見え始め、帰ってきた思いに
熱いものを感じたことは毎年の繰り返しでも、いつの正月も新鮮な感情がめばえていた。
二泊三日の短い故郷だったが、気持ちの底まで大の字になれる安らぎの場所であったし
普段の労苦を忘れるに充分のもてなしをしてくれた両親に今も感謝を忘れたことはない。
月々に貯めた旅費、幼い弟妹たちへのお年玉、今にして夢のようだが貧しさにも豊かな
心意気を褒めてくれた父母に素直に笑顔で返せたあのころが懐かしい。