小僧一人旅(9)

小僧は近くの医者に走り往診してもらったが脳出血とかで、しばらく安静にして
入院させなくてはとのことだったが、入院費用もなく、お婆さんは内縁関係の
こともあって本家に小僧は連絡したが「そちらで処置してください」との冷ややかな
ご返事にお婆さんと戸惑いを覚えた。その日からお爺さんの介護が始まった。
全身が麻痺して一日何回かのシモの世話は慣れないお婆さんと二人がかりの作業で
最初は臭いに閉口したが、それでも間もなくその作業にも慣れてお爺さんの好きな
煙草を咥えさせてあげると美味そうに吸い、その顔を見ながらこちらも嬉しくなる
小僧だった。床ずれの防止には、二、三時間ごとに寝る向きを変えねばならず、夜間も
お婆さんと交代で行った。暖めたタオルで全身を拭いてあげるとお爺さんは泣いた。
ある日の事、お婆さんが出かけた後、言葉もままならないお爺さんが「痛いよ、痛いよ」
と目で指すので調べてみたら太もものあたりに直接に洗濯はさみが何本か挟まれていた。
皮膚が青ずみ内出血のような赤い部分もあったので軟膏を付け、すぐマッサージをしたが
女の醜い執念と恐ろしさを見た思いがして、しばらく小僧の胸の動悸は止まらなかった。
介護の大変さは食事をするにも着替えにも諸々のことの全ての世話は二人でないと無理で、
それは体験しなければ分からない。小僧は仕事の合間をみながらの世話事だったが、
全てが初体験だし、分からない事も自分なりに処置して、今にして思えばいい経験をした。
お爺さんはそれから半年ほどで他界した。そこから得たものは、人生はキレイゴトだけ
では生きていけない、いつか自分も通る道であるかもしれない、老いゆく身の悲しさ、
人生の終末の辛さ。そして道ならぬ恋の末路を見たような気がして鬱積した気持ちは
しばらく晴れなかった。しばらくしてお婆さんもその家を出たが、嘗てはお爺さんが
手伝ってくれた裁断の仕事や留守番役を失って、小僧は常雇いの裁断士を探すことにした。