ホーム慰問と音楽療法(1)

イギリスの海岸で一人の男が、ずぶ濡れで発見された。口から一言も発しない記憶喪失
の謎のピアニストは、何故かピアノの鍵盤に向かうとラフマニノフの協奏曲を流れる
ように聴きこなしたと云う。実に不思議なことで、記憶が無いのならピアノも弾ける
わけがないと思うが、それが可能ということは記憶とか感情とかのもっと奥の脳幹の
部分に音楽が潜んでいるのかもしれない。先日も某老人ホームで、ギター弾き語りで
明治大正時代に流行った歌を歌ったら、それまでは眠っていた認知症的なお年寄りも
目が覚めたように手でリズムを取りながら、歌詞も正確に覚えていられて歌っていた。
改めて音楽の持つエネルギーや、理屈抜きでその人の心にまで染み入り、同じ価値観で
お互いが気持ちを癒せる不思議なコミュニケーションがあるものと再認識する思いだ。
聖路加病院の日野原さんの著書にも音楽が、薬や手術や放射線などでは治らない病気も
治す力を持っていることを臨床的に繰り返し語っていられる。たとえば「うつ病」や
自閉症」や、末期の癌患者さんにも、ある程度の効果が期待されるのだそうだ。
音楽を聴く事、歌う事によって血液の流れも良くなるそうで、それが脳の記憶する
「海馬」の部分の活性化や末梢神経にも影響して病気や老化にいい影響があると云う。
日本では音楽療法の専門家、音楽療法士の国家の認定制度は未だ無く、学会による
民間の認定止まりで、そういう意味では欧米に半世紀は遅れているのとのことらしい。
相変わらずのお役所仕事の典型といえるが、老齢化社会に一刻も早い対応が望まれる。
私は演奏の終わりには、聴いてくださったお年寄りと握手を交わすことにしているが、
それは音楽によって脳の緊張が解け、体の硬直感が取れた状態を、いつまでも残して
欲しい事と、心の通じ合いを大切にしたいからで、お互いの療法のためと思っている。