サイパン

子供の頃、地図を見るのが好きで、当時の日本の土地は赤い色で画かれていて
北は樺太から南は赤道直下のカロリン諸島までの広大な領地が日本そのものだ。
特に太平洋のほぼ中央に位置する南洋諸島は“日本の庭”と呼ばれて子供には
夢のような冒険心と、何時かは行ってみたい大海に気持ちは盛り上がっていた。
サイパン、テニヤン、パラオ、ポナペ等々名前を覚えるだけでも太平洋の海原を
航行した気分になって子供心をいやがうえにも憧れの的で心は高揚したものだ。
1905年に第一次世界大戦でドイツ領から日本の国連委任統治領になってことや
砂糖や漁業で栄えた南洋の楽園も、日米の激戦地となって、子供の夢は消えた。
今は米領で、観光と海のレジャーの島となって日本からも大勢の若者たちが訪れ
戦争の記憶や傷跡も遠くなり、なにごとも無かったように南の楽園が蘇っている。


今日から天皇皇后両陛下がサイパンへ戦争で散った戦死者の慰霊にご訪問される。
両陛下は10年前にも広島、長崎、沖縄などへ行かれたが、外国領は初めてだろう。
戦前戦中を体験された両陛下にとって戦争末期の無念ともいえるサイパンの軍人や
一般人の5万人以上もの玉砕の惨事は、ずっと心に留めていられたに違いない。
米国はサイパン占領後、空軍基地として其の後の日本各地の空襲や原爆の悲劇の
カナメとして敗戦を加速させた。当時を生きた人々にとっては、その悔しい心痛を
両陛下と共有している。国のために命を捧げてくれた戦没者に心から追悼したい。