戦争犯罪(2)

誰が考えても大国のアメリカと戦って勝てるはずのない戦争に持っていった
責任は問いたださねばならないだろう。戦争責任の裁判は自国民が行うのが
最も正しいと思うが、昭和の初期当時の政府と軍部の考えかたがバラバラで
政府が軍部をコントロール出来ないだらしなさが満州事変を始めとする一連の
軍部の行動が破滅への道に突き進んでいった。石原莞爾板垣征四郎などの
関東軍が独走して、統帥権と云うわけの分からない法律で戦争を拡大させた。
外国を過小評価する自信過剰の驕りもあった。報道機関も責任大で、こぞって
軍部を応援し国民はそれに踊らされて政府そのものを軽蔑視する風潮になった。
しかし日本人の特性として独裁者は出来ず「赤信号みんなで渡れば怖くない」で
東条など新聞のスクラップブックを作ってそれを政治の指針としていたらしいが
なんと情けない当時の指導者に呆れると共にジャーナリズムの罪も大きいと思う。
負けるべくして負けた戦争は大局から歴史を検証してみないと失敗の繰り返しに
なってしまいそうな最近の風潮に危機感を抱かざるを得ない。謝れば済むと思う
軽薄さ、お金を出せば認めてくれると思う錯覚に、気付く知恵を持って欲しい。
例えばA級戦犯をとやかく言う中韓東京裁判講和条約にも出席していないのに
語る資格があるのだろうか。中韓以外の国で首相の靖国神社参拝に異議を唱える
国がないのは常識の範囲だろう。彼らのイチャモンは政治問題化させてなにかを
タカリ、日本より大きな顔をしたいだけのことで放っておけばよいと思う。
戦争の責任は国の勝ち負けではなく人間の持つサガの問題だ。