隠居の独り言(269)

明日2月7日は「北方領土の日」だ。今から150年以上も前の1855年2/7日
伊豆下田で「日露通交条約」が締結されて日露の国境は択捉島とウルップ等の
海峡に定められ以降は日本固有の土地となって国際的にも認められた領土だ。
近代史を遡ればそれよりも約200年も前に当時の松前藩樺太から千島全島を
調査して「蝦夷」として幕府が作成した日本の総図である「正保御国絵図」に
描かれている。ロシアがシベリアを征服しオホーツク海に達したのは松前藩
調査した時よりも遅く18世紀になって樺太や千島に侵入してくるが、対して
幕府の国防意識が薄く弱腰外交なのと折からの欧米諸国の日本来航で軍備面も
ロシアに劣れば北方方面はいいように荒らされて幕末から明治にかける頃には
1875年の屈辱的な千島樺太交換条約を結ばされて樺太はロシア領になっていく。
先人の開拓した蝦夷地は間宮林蔵等が測量したことで国際的にも立証済みだが
汚いロシアの拡大主義に掛かって何故日本は泣きを見なければならないのだろう。
中国、当時の清もロシアにシベリアから沿海州にかけて強引に、しかも詐欺的に
広大な領土を取られてしまう。一つの救いは悪魔のロシアに日本は日露戦争
勝利して樺太南半分を取り戻したが、そのために多くの日本兵の血が流された。
日本は先の大戦で敗れその後は言うまでもない。昨夏に日本の領海でロシアの
警備艇に銃撃されて漁師が1人死亡し、船長たちが拿捕されて漁船は没収され
罰金まで払わされた事件は、これで北方領土は日本固有の領土と云えるだろうか。
何度もロシアに煮え湯を飲まされてコケにされている日本はどうすればいいのか。
ひとことで言えばロシアとあまり仲良くしなければいい。シベリア、サハリンの
天然ガス契約の事や産業界のロシア進出などはかつて政経不可分を決めた日本の
方針の背信行為ではないだろうか。政治家も産業界も国民も「北方領土の日」を
もう一度見直すことも必要だと思う。