隠居の独り言(305)

流行曲「スーダラ節」や映画の無責任シリーズで、一時代を画した
クレージーキャッツ植木等が80年の生涯を終えた。60年代に
ハナ肇谷啓、大塚弘、安田伸石橋エータロー桜井センリ達と
組んだクレージーキャッツは映画やTVで人気が爆発して、戦後に
立ち直った高度成長期に全国の人々を楽しませて癒してくれた。
面白うて、やがて哀しきピエロかな、彼らは新しい笑いをくれたし
無責任と称してガニ股で軽快なステップで陽気に歌っている格好は
普段に感じているサラリーマンの抑圧されたストレスを発散させた。
その功績は昭和最高のピエロだった。人は見かけじゃ分からない。
無責任男の骨頂のキャラクターは浄土真宗の寺に生まれ、華やかな
表向きの顔とは裏腹にハードスケジュールを全て理性的にこなして
責任を全うしたという。忘れられない数々の流行語も和ませてくれた。
分かっちゃいるけどやめられねぇ、ギャグの中にも教訓があったし
あの言葉でどれほどの人が悪い遊びや煙草等を止めたのか分からない。
クレージーキャッツも既に谷啓、大塚弘、桜井センリの三人になって
しまって世の無常を怨むしかない。昭和の良き時代は彼らを無くして
語れないが桜のように散っていった。植木等の自宅には故人の遺志で
喪中の張り紙も花輪も無いという。それは「やせがまん節」ではない。
「願わくは花の下にて春死なむ、そのきさらぎの望月のころ」彼は
西行法師のように桜の満開の下に散ったのは本望であったに違いない。
昭和は遠くになり同世代に生きた巨星がまた堕ちた。  合掌。