隠居の独り言(392)

今日は長崎に原爆が落とされた日だが、広島に次いで二度の原爆投下は
アメリカの主張する「早く戦争を終わらせかった」では納得が出来ない。
ソ連も参戦して日本も敗戦の覚悟を決めていた矢先の仕打ちはどんなに
アメリカが正当化しようとしても「悪魔の仕業」としか言いようが無い。
終戦をテーマに東京のある街角でTVのインタビューが行なわれていた。
1945年8月9日に何があったか知っていますか?若者も中高年も老人も
殆どの人が答えられなかった。誰かが生まれた日?戦争の日?地震の日?
時の風化は思った以上に早く進んでいる。長崎原爆の日、そしてソ連
日ソ不可侵条約を破って、満州に攻め入り邦人に暴虐の限りを尽くして
日本兵をシベリアに強制連行した日だ。終戦を語るに忘れてならない日、
それは今日8月9日でアメリカとソ連の蛮行を決して許してはならない。
このたび原爆の悲劇を日系三世のオカザキ監督はドキュメンタリー映画
ヒロシマナガサキ」を約4000万の加入者を抱える米国ケーブルTVで
放映したが、まともに見られないような多くの遺体や悲惨な情景は心ある
アメリカ人ならテレビの前で居ずまいを正さずにはいられないはずだ。
今も世界中の人々は原爆投下の事を知らずに、また知ろうともしないで
日々を暮らしているが、安保理の国が保有しているだけでも26000個の
核弾頭を保有しているし今までの核実験だけでも広島、長崎の何万倍の
エネルギーを消費したという。これは人としての理性を遥かに超えている。
人間が人間らしかった頃は戦争にもモラルがあってむやみに人を殺したり
傷つけたりはしなかった。それが崩れ始めたのは20世紀に入ってからで
第一次世界大戦では兵器の発達で爆撃や毒ガスなどの使用で大量殺人が
普通の戦争形態になり第二次世界大戦では民族浄化ホロコースト的な
都市大空襲や原爆などは戦争の倫理観も人道も何もあったものじゃない。
原爆投下を許可したトルーマン大統領は敬虔なクリスチャンだが宗教的に
何と説明出来るのだろうか。戦争は人間の理性を狂わせていくとしても、
それでも原爆は許せないし、極東裁判の人道の戦犯一号はトルーマンだ。
人間の知能も来るところまで来たと思う。どこかの国の指導者が間違えて
原爆発射のボタンを押せば人類は確実に破滅する。核廃絶の課題は世界の
人々の願いだが達成への道は険しい。