隠居の独り言(499)

3月6日発売の週刊新潮の記事にNHK大河ドラマ篤姫」の時代考証には
疑問が多すぎるとの由が書かれてあった。記事によると於一が生まれた実家の
今和泉島津家は「たった1万石の分家」と紹介されているがその屋敷はまるで
500石程度の武家屋敷のようだし父親忠剛(長塚京三)もウダツの上がらない
オジサンに見えるが実際は斉彬の叔父に当り於一の母のお幸(樋口可南子)の
ほかに側室が2人いたがドラマからそんな様子が窺えない。於一も供も連れず
尚五郎(瑛太)と二人きりで茶屋で会ったり、武士階級としては最下層だった
大久保正助原田泰造)の屋敷へ一人で訪れるなんて厳しい身分制度の中では
100%ありえない。配役でも、やがて魔窟のような大奥を取り仕切り、幕府と
薩摩の政治的橋渡しをした天璋院を22歳の宮崎あおいが演じる事が出来る?
新潮の指摘も至極尤もだが2日の第9話「篤姫誕生」では視聴率で自己最高の
25,3%を記録して週間の全TV番組のTOPを走っているという。時代考証
確かに重要だが、あまり拘るとドラマの面白みや今の感覚から離れてしまう。
言葉一つにしても当時の薩摩弁では現代の人には通用しないだろうし、歴史の
大筋や本質的に違いがなければ、見ている人に分かりやすくするのも日本史を
楽しく知るキッカケになれば大河ドラマの目的は充分に果たせていると思う。
ドラマは島津斉彬高橋英樹)から篤姫を次期将軍・徳川家祥(堺雅人)に
嫁がせるという野望を聞かされた姫と幾島(松坂慶子)はこれまでに増して
情操教育を行うが、一方の江戸のほうはペリー来航して以来の政局は攘夷論
開国論が攻めあい混迷を深めていく。日本の夜明けは簡単なものでなく、古い
慣習から生みの苦しみを経て、維新への経過がこれからのドラマの筋道だ。