隠居の独り言(674)

越後の冬は厳しい。空は一面に厚い雲で遮られ連日のように北風と白い雪が舞い
聞こえるのは日本海の荒波であり、足の裏に忍び寄るのは板の間の冷たさである。
雪深いこの地で育った人達は厳しい気候風土のせいか忍耐強く頑固一徹な気風は
今も残るが、それだけに越後の地を統括する大名達の苦労も並大抵ではなかった。
のちに徳川幕府も越後に大大名を置かなかったのも統治の難しさを物語っている。
戦国期の在地領主いわゆる国人衆たちは或る時は地元大名と手を結び、或る時は
反旗を翻して他国と手を結ぶ事も常套手段のようだった。戦国の歴史を紐解けば
大名と国人衆の関係では国人衆は隣国と合戦の時に兵力を提供し大名は見返りに
国人衆の土地を安堵し殊勲を挙げた場合は新しい土地を与えるといったあくまで
ギブアンドテイクの関係だった。主人・家来といった確立とした封建制の法則は
徳川幕府が出来上がってからで戦国は弱肉強食の下克上も当たり前の時代だった。
与板衆の直江信綱山下真司)も坂戸衆の樋口惣右衛門高嶋政伸)も国人衆だ。
景勝(北村一輝)・兼続(妻夫木聡)主従は幼い頃から謙信から実地に戦術を学び
精神的な薫陶を受け“義”の心を受け継いだが世間はそれが通じる情勢ではない。
御館の乱が終わっても景虎玉山鉄二)に味方した国人衆もすぐに矛を収めない。
大河ドラマ天地人」は景勝が越後統一したのも束の間、日本の中央部の殆どを
押さえ全国で抜きんでた強大勢力になった織田信長(吉川晃司)の大軍は越中
侵攻し、その脅威が越後にもしたしたと迫っていた。そんな折、武田との和睦の
証として勝頼(市川笑也)の妹・菊姫比嘉愛未)が景勝の正妻として迎えるが、
婚儀の夜に武田家を守ると誓ってほしいと迫る菊姫に景勝は、約束はできないと
正直に答えてしまう。のちに信長によって武田家が滅ぼされたのも北條との縁が
切れた結果であり、同じく上杉家も存亡の危機に立たされる近未来には景勝にも
菊姫にも気づく余裕はなかった。