隠居の独り言(860)

幕末を大きく変えた人物、同じ筆頭家老だった長州・高杉晋作と土佐・後藤象二郎
焦点を当ててみたい。「三千世界のからすを殺し、ぬしと朝寝がしてみたい」これは
高杉晋作(伊勢谷裕介)が愛人・おうのに詠んだ都都逸だが、死期を悟った晋作が
おうのと情愛のなかで三味線を弾きながら謡ったとされる詩は三千世界(世の中)を
改革し、ぬし(日本)を朝寝(平和)にしたいものだ、ともとれる意味の詩の内容は
晋作のみならず幕末の渦中で戦う志士たち全ての偽らざる気持ちが込められている。
晋作は幕府側の脅威を防ぐために、藩の士農工商の身分を乗り越えて奇兵隊を結成し、
見事に幕府を退けて歴史を大きく変えた勲一等の志士だが、悲運にも重い結核を患い
死線をさまよう心中は察するにあまりあるが自らの運命を悟り今後の日本の行き先を
木戸(谷原章介)や竜馬(福原雅治)に託してあの世に旅立つ。ときに歴史は非情だ。
かたや象二郎は晋作とは対照的に自分中心の粗大さで細密な計画性や戦略に欠ける。
土佐も洋式軍隊を持とうとしたが身分制度のため持つ武器も決められてしまうので
藩主は豪傑肌の象二郎(青木崇高)を首相格に指名した。象二郎の豪放で果敢な性格は
長崎での竜馬との会見で一挙に華が咲く。大政奉還への道は竜馬と象二郎の合作だが
竜馬の繊細さと象二郎の細事は語らず、いつも大風呂敷のコンビだから出来上がった
傑作の歴史劇といえる。後の維新のどさくさに象二郎は家来の弥太郎(香川照之)に
独断で「藩の屋敷、汽船などお前に呉れやる」といったのが三菱の発端となった。
象二郎は弥太郎の成功を悔しがりその後商売をしたが見事に失敗して借金王となる。
貧乏を舐めた弥太郎と苦労知らずの象二郎と対比するのも生き方のいいサンプルだ。
竜馬、晋作は志半ばで命を閉じるが、三人の中で最も粗野で威張っていた象二郎が
維新後まで生き延びて伯爵にまで成り上がった維新の結果の不条理がとても憎い。
世の中は懸命に社会に貢献した人が報われるとは限らない。幕末から維新にかけて
優秀な志士は若くして横死し、その礎の上で要領よく世間を渡った人間が成功した。
三人三様の生き方を見て、天は必ずしも善に味方しないことを歴史は物語っている。
今回のドラマは「いろは丸事件」の詳細は省くが結果、紀州藩は全面的に非を認め
8万両を超える賠償金を支払うことになったが、単に海援隊が勝ったという事より
旧態然の幕府政権に対する政治闘争の勝利という側面も見逃せない。黒船来航から
14年を経て「万国公法」の世界の常識の勝利は回天が大きく進んだことを感じさせる。