隠居の独り言(868)

藤沢周平著のエッセー集「ふるさとへ廻る六部(巡礼)は気の弱り」の表題は
山形出身の作家が初めて青森、秋田、岩手へ旅した時の気持を、やや自嘲的に
表現した古川柳で、誰もが故郷を離れて働き、新しい土地に根付いたとしても
故郷はいつも自らの根幹で最終的に帰り着く心の拠り所なのは誰も変わらない。
それは竜馬とて同じで明日をも知れぬ志士だけに余計に思いは募っただろう。
大河ドラマは、弥太郎(香川照之)がイギリスから買い付けた鉄砲1000丁を
長崎から土佐へ運ぶ竜馬(福山雅治)は途中に女房お龍(真木よう子)のいる
下関に立ち寄る。仕事といえ故郷・土佐に向かう気持ちは察するにあまりある。
5年前に脱藩し苦難の末、海援隊を結成し薩長同盟を成し遂げ、ひいては故郷の
土佐藩を味方に付ける道程を走っていた竜馬は大政奉還のテーマを直前にして
故郷に足を踏み入れるのは楽譜の休止符のようで生まれ育った土佐の山河を見、
黒潮に感慨を覚え、家族と久方の対面は竜馬の気持ちを癒し次のステップに
向かう高揚心を養う場になっただろう。日本を変える事が叶ったら世界の海に
覇を求めて飛び出すのが竜馬の究極の夢であり男子の本懐を求めたに違いない。
竜馬は下関に着くと木戸(谷原章介)薩摩の大久保利通及川光博)と会うが
彼らは大政奉還後に徳川家を根絶やしにするべきだと主張し、竜馬の平和論と
相反する遠い論調に己の厳しさを痛感せざるをえない。一方お龍は久しぶりの
再会に有頂天だが、三吉(筧利夫)や奇兵隊のメンバー達と夜通し飲み明かし
朝帰りとなって、お龍は激怒する。この辺りの女心を傷つける竜馬の鷹揚さは
天下国家を論じて命を懸ける志士たちの女性への共通意識なのかもしれないが
この日が二人の永遠の別れになるとは互いに知る由もない。