隠居の独り言(880)

もうかれこれ70年前の今日、昭和16年12月8日未明にラジオから流れたのは
大日本帝国陸海軍は南太平洋上に於いて未明本日米英両軍と戦闘状態に入れり」
この放送を聞いて小学三年生の軍国少年は異常に興奮したのを今も覚えている。
当時の日本はアメリカを始め連合諸国から締め付けられ貿易とくに石油の禁輸で
どうにも切羽詰っていた。その原因は日本が満州に覇権を求め、蒋介石軍と戦い
極東アジアの殆どを席捲していたのを欧米諸国から危険視されたのに間違いない。
人種差別は今も昔も変わらないが白人の目から見て有色人の日本が日露戦争で勝ち
その勢いで白人の領域である植民地主義に走れば彼らの優越心を傷付けただろう。
当時アメリカはフィリピンを、イギリスはマレー・ビルマ・インドを、オランダは
インドネシア、フランスはベトナムラオスカンボジアを植民地にしていたので
このあたりで日本の隆盛を止めないとアジアでの彼らの権益が無くなってしまう。
その辺りの気分を読めなかったのは日本外交の拙劣だし折から台頭していた欧州の
ナチスドイツと手を組んだのも致命傷になってしまった。後悔しても始まらないが
世の流れはツキの無いものは奈落に堕ちるのが定めで国家も人生も同じだと思う。
確かに今に思えば無謀ともいえるアメリカへの挑戦だった。開戦当時のアメリカの
GNPは日本の12倍、自動車生産量は800倍、おまけに鉄の輸入の9割は米国から・・
日本政府に理性はなかったのか?背景捨象、視野狭窄のバクチみたいなものだった。
今の教科書では大戦の主たる原因は日本の侵略と定義されているが、それは勝者の
側から見た歴史文であり、この戦争によってアジア・アフリカが次々と植民地から
解放された事実を思えばアジア人の民族意識を持てたのは戦争も無駄でなかった。
もし日本が大戦をしなければ植民地からの脱却は大幅に遅れていたに違いない。
何世紀か後にアジア・アフリカの歴史学者は日本に感謝し見直してくれるだろう。
今さら戦争の結果は詮無いことだが、勝者=善、敗者=悪の考えを押し付けられ
未だにその後遺症から脱却できない日本人の情けなさは何とかならないものか。
自分の戦争に対する思い出は8月15日の敗戦の日より今日の12月8日のほうが
はるかに強烈で自信に満ちた日であったのは今も忘れられない。