隠居の独り言(882)

司馬遼太郎坂の上の雲」は二回読んだ。最初は20年前の高度成長期の時で
日本が経済成長で湧きあがっていた頃だから時代背景も人が自信に満ち溢れて
明治に通じるものがあって感銘が深かったが、最近になって読み返すと文章の
先々が見えているので最初の感動は無いが人物評が変わっているのに気が付く。
全巻を読んで最も印象深いのは当時の日本人が貧しいながらも国家意識を持ち
欧米諸国と対等に付き合うために自分達の生活を犠牲にしてまで国家の危機に
立ち向かった活力に目を瞠るものがある。19世紀の時代は世界が植民地主義
他の民族を征服するか、それに甘んじて惨めになるか二者選択しかなかった。
日本を除く東アジアの国々は欧米の植民地に甘んじ悲惨な生活を強いられたが
唯一日本だけが英国と対等な条約を結べたのは国民が国家意識を持ったからだ。
日清戦争後に獲得した遼東半島をロシアを始めとする三国干渉で放棄させられ
満州に居座って永久的な領土を目論み更に朝鮮半島の支配に乗り出すロシアに
日本の危機感は絶頂に達していた。国家存亡に関わる戦争はもう避けられない。
日露戦争当時の国家予算の軍事費の占める割合は50%以上で(今の防衛費3%)
それでも欧米の植民地になるより巨大白人国家ロシアと戦えたのは国民全ての
意思統一が無ければ成しえない。貧しくも飲まず食わずで戦費につぎ込んだ。
米国勤務時の真之(本木雅弘)は「自分が一日怠れば日本が一日遅れる」との
言葉を残しているが、なぜ彼はかくも集中し頑張れたのか?国家の命運を担う
迷いなき人生観と一致していたのだろう。それは真之だけではない。日本人の
国家意識の高さが勝つのは不可能と思われたロシアに勝てた心の価値だと思う。
真之の親友・正岡子規香川照之)も死の病に伏せながらも国運を担う真之に
俳句で彼に託した「君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く」根岸の病床で子規は
妹の律(菅野美穂)に看病されながらも死を対していつも明るくポジティブに
過ごせたのも国を思う真之と同じ人生観を共有できたからだろう。このあたりを
静かに書き込んだ原作者の文章には何度読んでも感動を覚える。大河ドラマ
真之は海軍大学校に設けられた戦術講座の初代教官となり高橋是清西田敏行)と
八代六郎(片岡鶴太郎)は真之の縁談を画策し稲生季子(石原さとみ)を紹介する。