隠居の独り言(978)

歴史的に見れば変革の時代であった一世紀に亘った戦国期を境にして、それ以前の
古代から中世までの日本史の一区分のブロック、それ以降の江戸時代の近世を経て
明治の近代から現代に至る二つに区分する見方がある。二つのブロックに挟まって
争いを続けた日本の内乱であったが、偶然にも同じ15世紀で地球の西側にあたる
ヨーロッパでも二世紀に亘る宗教戦争と病気等で域内は疲弊し人口が減少し中には
異端尋問の魔女裁判で100万人の女性が命を奪われるという残酷な中世であったが
一方で絶対王朝が強くなりフランスのヴェルサイユ宮殿が作られたのもこの頃だった。
16世紀には新天地を求めスペインとポルトガルが海外に航海で進出し、更にいえば
メキシコや南米にかけて二つの文明のアステカとインカがスペインにより滅ぼされ
現地の人は欧州から持ち込まれた病原菌による病気、そして過酷な鉱山労働などで
人口が激減し、代わりにアフリカから奴隷が大量に連れてこられた暗黒時代だった。
そのヨーロッパから最も離れた地球の東に位置している日本は欧州の侵略から遠く
それだけに世界に先駆けて安定した平和な国づくりが出来た環境にあったといえる。
17世紀に入りスペインの無敵艦隊はイギリスに敗れて世界の主役は替わっていくが
それでも日本は徳川家を守るため鎖国を続けアジアの孤児の選択の道を選んでいく。
振り返れば鎖国をした是非は賛否両論だが、良く考えれば日本独特の文化を熟成し
外国の悪い面も遮断できたが、一方では世の中に乗り遅れて文明の発達を知らずに
黒船来航まで井の中の蛙であったのは実に勿体ない。大河ドラマ「江」は大阪・京で
関ヶ原の前哨戦が始まっていた。江(上野樹里)は江戸城内で2人の娘と平穏な日々を
過ごしていたが上方では家康(北大路欣也)と石田三成(萩原聖人)の間に不穏な空気が
漂い始めていた。不安を募らせた江は秀頼への反逆という名目で上杉攻めの家康に
「豊臣と戦になるのは避けてほしい」と懇願するが家康は「討つのは上杉」ととぼけ
さらに「総大将を秀忠に任せる」と命令。その話を聞いた秀忠(向井理)は…。