隠居の独り言(1114)

幼い頃の記憶力は侮るべからず。古希を過ぎた自分でも今は幻になってしまった
戦前の教育勅語の文言や天長節明治節などの詞はよどみなく話すことができる。
文言ばかりでない。家族や友達と楽しんだ「いろはかるた」も一応暗記している。
幼い頃の脳は柔らかく記憶や性質など素直に入って貯蔵する能力は優れているが
歳を重ねる毎に脳内の記憶を司る容量がいっぱいになり新しい事は覚えられない。
今では「いろはかるた」や「百人一首」の風雅な遊びは姿を消して現代の子供は
効率万能、機能一本槍の情報ジャンルでのケイタイゲームやスロットマシーンに
夢中になっている。某大学の国文科の教授が学生達に茶目っ気ある宿題を出した。
いろはかるたの「おうたこにおしえられてあさせをわたる」の意味を書きなさい。
平仮名づくしの質問に某学生が回答していわく「漁師が仕掛けた壺で眠り込んだ
大きな蛸が潮が引いて目を覚まし浅瀬を渡って逃げ出した」珍答案に抱腹絶倒の
教授だったが「卓越した想像力に敬意を表する」と書いて愛弟子に返したという。
戦前に育った子供は家にラジオもテレビも無く子供向けの本や漫画も少なかった。
遊びといえば昼は近くの原っぱで日暮れまで駆け回り、夕方や雨の日には花札
双六、コマ回しに夢中になった。素朴だったが今の子供より充実感あった気がする。
そんな中で講談社が発行した月刊雑誌「少年倶楽部」は人気抜群で、子供の仲間で
順番回しで読んだ。作家も一流で吉川英治が「神州天馬侠」「天平童子」を連載し
江戸川乱歩怪人二十面相」、高垣眸「怪傑黒頭巾」、面白い小説が揃い踏みして
少年の心はわくわくした。漢字もルピつきで難しい字を覚えた少年倶楽部だった。
親父が兵役で留守のときも父が読み残した鴎外、藤村、漱石の小説を読み漁った。
今時の本屋は数えきれないほど沢山の本に溢れ何を読んでいいのか分からないが
貧しい時代の方が中身の濃い文庫本ばかりで一冊を何度も読み返すのが常だった。
本は大勢の人に読まれて頁も擦り切れていたが、それは本冥利に尽きたといえる。
子供は「いろはかるた」「百人一首」の意味も分からず丸暗記の状態でしかないが
大人になって内容を知り子供のころに覚えたのが、ためになったと述懐している。
いま6歳になった孫娘に百人一首を教えている。子供の記憶力はたいしたもので
どんどん覚えるが爺も頭の体操として記憶と語意を蘇らせて一緒に勉強している。
孫娘も大人になったら、きっと爺を思い出してくれるだろう。