隠居の独り言(1178)

富士山が世界自然遺産に登録された。報道では日本中が歓喜に沸いているというが
アマノジャクの自分は素直に喜べない。最近の山登りの風潮のせいなのか統計では
昨年の富士登山者は32万人を超えるとかで登山ルートは繁華街並みのラッシュだ。
そのうえに世界遺産登録のブランドを付けて日本人のみならず世界中から富士山へ
観光客を呼ぼうと旅行業者達が躍起となっているさまは何とも気分が落ち着かない。
富士山はわざわざ世界遺産登録しなくても日本の象徴であり世界の名峰に違いない。
その昔、葛飾北斎の「富嶽三十六景」の赤富士で知られる凱風快晴やBig Wabeで
知られる神奈川沖波などシンプルな配色と大胆な構図は当時から海外で称賛された。
北斎は富士山に登ったことはない。眺めてこそ比類の芸術作品が生まれたのだろう。
自分は1953年、20歳で富士初登頂をした。あの頃は登山者もまばらで行き交う人と
挨拶で健闘を称えあったりした静かな山だった。今も印象に残るのはご来光の感動と
下山するときの須走りが面白かったが当時の富士は喜んで若者を迎えてくれていた。
最近の「山ブーム」は富士に限ったことではない。三浦雄一郎が登頂したエベレストも
昨年は547人が登頂成功者になっている。年間1000人以上がエベレスト登山をして
いるというから驚きだ。登山技術の進歩が山ブームを起こし素人でも気軽に登山する。
エベレストは写真で見るかぎり一面雪景色だけで頂上付近にあるベースキャンプは
黄色テントの点在する殺風景なところという。一方の富士も五合目を過ぎるとなんの
変化もなく岩場を縫うように設けられた登山道を黙々と頂上に向かって歩くだけだ。
エベレストも富士山も長い間、大自然の静かな環境で過ごしてきたのに、ここにきて
野暮な人間に蹂躙されているようで可哀想な気がする。眺める美しさを愛でるのが
富士への配慮と文化と思う。自然遺産とは人間が勝手に決め込んでいるに過ぎない。
いつか富士は冒涜した人間に刃を向けて爆発するだろう。自然をなめてはいけない。
田子の浦にうちいでてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ」百人一首より
美保の松原を含めて登録された意味を噛みしめたい。