隠居の独り言(1283)

「むかしむかしあるところに・」から始まるおとぎ話で、桃の中から男の子が産まれても
竹の中から女の子が産まれても不審に思わなかった。幼い心にはそれで充分だった。
自分が男として目覚めたのはいつの日か思い出せない。それは多分、親父が戦争で
いなかった頃に残していった本に島崎藤村夏目漱石森鴎外等の単行本があって
文章は難しかったけれど漢字にルピが振ってあったので何となく読めたのが始まりだ。
テレビもラジオも書籍さえロクに無かった時代は読書好きの子供たちは回し読みした。
友人から借りた鴎外の「ヰタ・セクスアリス」を読んだのが俗にいう色づいた一歩だった。
もちろん当時この本は家でも学校でも「読んでならない本」の中に含まれていた。所謂
禁書であり読みなさいと言われる本より読みたがる年頃であったのは言うまでもない。
怖いもの見たさに神社の裏手や家の留守の時に隠れるように別世界に没頭していた。
田山花袋の「布団」も女の布団に鼻を埋めて男が泣いた頁に女の匂いを連想したが
もちろん「布団」も禁書だった。藤村や漱石など読んだくせに友人同士では馬鹿にした。
今、読み返すとどうってことない本でも多感な少年にはどうしようもなく胸がときめいた。
少年にとっては頭の中の秘かな出来事はそこから喚起される想像が性の実体だった。
あの時、本を貸してくれた友は昨年鬼籍に入ったが他の連中はどうしているのだろう。
みんな気が小さいくせに胸が騒ぐに委せて親に隠れて禁書を回す快感に酔っていた。
そして少年たちは徐々に大人の世界を垣間見て、遊び半分から本物の男に成長する。
中学三年生で初恋をした。恋といっても実体はなく、手を握ったことも触れることもなく
憧れの表現を恋文に書き表して発散させるだけのプラトニックで清純そのものだった。
純な少年は15歳で上京したが小僧に入った会社は故郷とは一変して大人の世界が
充満していた。そこには鴎外も漱石もなく先輩たちのカバンの中は文学以前の「妖気」
「猟奇」「りべらる」などのカストリ雑誌が隠されていた。少年は時を惜しんで貪り読み
目を腫らした。当時では色里が合法の時代で大人になるのは自然の成り行きだった。
初めてキスした女の子は思い出せなくても浅草松屋ダンスホールのチークは蘇る。
較べて平成の若者、特に男性は可哀想な気がしないでもない。恋愛観は変わったが
現代のネット交際、援交、ストーカーなどの陰湿な事件の根っこを見直したい。