隠居の独り言(1323)

休日の朝は自分が台所に立つことになっている。といって簡単モーニングで済ませる。
6枚切りのパンをトースターで焼き、卵焼きかソーセージに千切りのキャベツを添える。
あとはパンにバターとジャムを付け、カップに紅茶を入れるだけ。紅茶も色々とあるが
リプトンのティーパックが最もシンプルな味で、簡単に用意ができるので重宝している。
若いころにチョンガー生活の経験者なので厨房は苦じゃないが難しい料理はできない。
それと大切なのは朝餉のときの老夫婦の会話が美味しくも不味くにもなるお膳になる。
夫婦は結婚して何も知り尽くすと寡黙になる場合が多いがそれでは家庭が味気ない。
人は老いると頑固になり自己主張が強くなるが、それを抑えるのも家長の仕事だろう。
今年の夏は実に変な気候の夏だった。「風が吹けば桶屋が儲かる」という話がある。
強風で土埃が目に入ると目を悪くする人が増える。 目を悪くすると角付けでもしようと
いうことになるから三味線が売れる。三味線の胴は猫皮だから猫が減り鼠が増える。
鼠が桶をかじって穴を開けると桶屋に注文がくるというのである。事象の発生により、
一見すると全然関係がないと思われる所に影響が及ぶことの喩えだが、そんな話も
夫婦の会話のラリーになればいい。今年の冷夏のせいで帽子の売れ行きが悪かった。
昨年の夏が暑かったので今年も続いてと願ったがお天道様のご機嫌が今イチだった。
売れ行き不振は残り在庫が多くなる。来年の夏物商いに悪影響がなければいいが・・
暑い朝はモーニングもアイスコーヒーだが、今年は暖かい紅茶を飲んだ日が多かった。
紅茶といえば歴史が面白い。植民地時代にイギリスがアジアに進出したがセイロンで
緑茶を飲み、これは美味しいというのでイギリスに持っていくことになった。今と違って
輸送手段は船しかなくスエズ運河も出来ていない時だったから南アフリカ喜望峰
回って相当に時間がかかったから着いた時はお茶が発酵されて真っ黒になっていた。
これにはイギリス人も驚いた。セイロンで飲んだ味も色も全然違う。これじゃ売れない。
どうしよう。ということで試行錯誤、お茶にミルクやレモンを入れたり、砂糖を入れたり
なんとかして商品に漕ぎ着けた。だから紅茶のこと今も英語でブラックティーと称する。
そのうえタチの悪いイギリスの東インド会社は茶の代金をインドや中国に麻薬で払う。
インドから持ち込まれた麻薬は清(中国)で、あっという間に麻薬患者が増え、これが
アヘン戦争の基となる。かたや当時はイギリスの植民地だったアメリカでコーヒーが
流行っていたがイギリスが紅茶に高い関税を掛け売ったから現地のアメリカ人が怒り
1773年ボストン茶会事件というのが起きる。これがアメリ独立運動のきっかけだが
たかが紅茶というなかれ。紅茶は世界史を変えた数奇な運命を秘めたお茶といえる。
こんな話をしながらヤマノカミとモーニングすると平凡な幸せと平凡な休日が始まる。
どんな話題でもいい。老いた夫婦に会話は欠かせない。