隠居の独り言(1409)

夏が来れば思い出す。其の壹。歌の歌詞でない。70年前の夏は人生を大きく変えた。
言うまでもなく昭和20年8月15日を境としてその日以前を戦前・戦中と定義すれば、
昭和8年生まれの自分は戦中派に属し、まるまる12年間の戦中を生きたことになる。
先の大戦は、また15年戦争という。1931年、満州事変から数え終戦の日まで15年。
終戦は12歳、小学校6年生で、ごく常識で考えても人間は生まれ育った環境の中で
人間的な基礎、つまり「人格」はその辺で定まってしまう。物心がついた4-5歳の頃は
既に日本軍は中国大陸で支那事変があり分けのわからない「八紘一宇」の理念の下、
「大東亜共栄圏」が作成され、戦争が拡大して遂に太平洋戦争にまで行ってしまった。
自分の12歳までの成長期は戦争が日常であり平和という字は知らなかったに等しい。
終戦時、福島県白河にいた。大阪に住んでいた家族は戦災を逃れて昭和18年冬に
疎開したけれど、もう日本のどこにも平穏な場所はなかった。昭和20年戦争末期は
アメリカ空軍は日本各都市に空襲したが、とくに東京始め関東の都市の空襲の場合、
サイパンから飛来する爆撃機B29の擁護で三陸沖に停泊するアメリカ航空母艦から
毎日、白河を含む福島県中通りを戦闘機P51が低空飛行して飛んでいく。上空から
動くものがあれば容赦なく機銃掃射を撃ちながら飛び去る。空襲警報は日常茶飯事、
でも当時のマスメディアは空母の停泊や空襲の報道もなく、大本営発表も嘘ばかり・・
警報のサイレンが鳴る度に人々は森の中や防空壕に逃げ、恐怖のどん底を味わった。
果たせるかな、白河近くの郡山市は4/12日夜に空襲を受け真っ赤に燃え盛る火災は
空を昼間のように一晩中焦がし続けた。日本の制空権も制海権は完全に無くなって
福島県の中央を走る東北本線は昼間ストップで夜間、電気をつけずに走行したという。
それでも「鬼畜米英」「一億特攻」言葉に酔い日本は神国で不敗であり神風が吹いて
アメリカ軍を撃退し、最後は日本が勝つと信じていた。それが突然、戦争が終わった。
嘘のようだった。空襲の恐怖からは放されたが飢えはますますひどくコメの配給もなく
今に思えばゾットするようなゲテモノまで食し、よくぞ生きられたものと当時を振り返る。
もし当時の写真があったなら骨と皮に痩せこけた自分と家族が写っていたに違いない。
そんな惨めな成長期だったけれど横道にそれなかったのも取り巻く人たちの優しさが、
かろうじて子供の人格を支えてくれた。それは家族だけでなく日本人の人情であった。
そんな時代に育った少年は気位だけは高く、いかに貧しくても、人に情けを乞わない。
武士は喰わねど高楊枝、腹は減っても痩せ我慢する見栄っ張りの性格になっている。
世界のどの国より日本ほど秩序と治安と平和を尊ぶ人たちが住む場所は無いだろう。
戦前と戦後、飢餓と豊穣、一身二生ともいえる八十年余の人生に満足している。