隠居の独り言(1455)

角川書店発行の「合本、俳句歳時記」の中に「去年今年(こぞことし)」の季語がある。
「行く年を回顧し、新しい年への感情がこの言葉に込められている」と書かれてあった。
高浜虚子の「去年今年、貫く棒の如きもの」があるが当たり前すぎだが詩が凄まじい。
若いエネルギーに満ちて、男たるもの、かくあるべし。自分も若い頃はこの句のようだ。
でも歳を重ねると同じ季題でも「いそがしき妻も眠りぬ去年今年」と心が変化していく。
自分の生涯の晩年もそろそろ終わりに近づく。今回の項は俳句で始まったブログだが
それらの俳句、都々逸、旅行、ネット、ギターなど趣味の楽しみは50を過ぎてからで、
それまでの自分は15歳で上京して以来どっぷりと帽子一筋の世界に漬かっていた。
休日もなく昼夜連続で、帰郷、病気、冠婚葬祭を除いて、仕事一本に費やした時間と
体力の限界まで使った若き日の後悔はない。朝の8時から夜の11時まで働けたのは
若さゆえの気力だったし、今に思えば無一文だった若造が独り立ちして仕事と生活の
基礎のため何十年連続無休で打ち込めた心意気は今更ながら続けられたものと思う。
昼間は仕上げ配達、得意先の営業、夜は埼玉や千葉方面の職人回りで製品を集め、
昼夜問わず働いた。だから結婚以来、映画は見たことなく、音楽、スポーツ鑑賞もなく
観光旅行もない。それでも心は充実していた。仕事をすれば実入りがあり売上計算も
楽しかった。利益が出れば、幾ばくかの不動産、会員権、株式投資にも手にしていた。
でも栄枯盛衰世の習い、帽子業界は流行が離れ売上不振で次々業者が消えていく。
流通経路も変わって、それまでの製造→問屋→小売のルートが大型スーパー出現と
安価な製品を求め海外に仕入先を切り替えられてはメーカー、問屋は立ちゆかない。
帽子業界だけでなく地方の商店街はシャッター通りで大都市部との二極分化は進む。
今では帽子製造、問屋業界は絶滅寸前の希少動物のようになって自嘲気味に呟く。
TPPの政府の保護もなく世論の支援があるわけでない。近々自然消滅が待っている。
でも我が人生に悔いなし。そして82歳の今年の無事を神に感謝しなければならない。
山の神と四季を通じてあちこち旅行を楽しめたし、何より今年は結婚50年の金婚式を
夫婦そろって健康で迎えられたことは最高の喜びだ。50年の歳月は山坂多かったが
何とか継続できたのも不思議な縁と思う。年末は毎年恒例にしている山の神と東京
下町の浅草寺に今年のお礼参りをする。今年の雷門界隈や仲見世通りは青い目を
交えた善男善女で身動きもままならない。2015年もあと少し。世の中の景気は
これを見る限り良い方向に向かうだろう。 「去年今年、天にまかせて、おおらかに」 拙作。