隠居の独り言(1458)

今年もたくさんの年賀状を頂いた。出して頂いた方々に改めて御礼を申し上げたい。
何はともあれ、この年になると昔の友との年一回の賀状のやり取りで互い無事の証を
喜びあうのが何より嬉しい。けれど今年も数名の旧友からの賀状が不意に途絶えた。
これが「老い先」というものだろう。喪中の連絡もなく途絶えてしまう寂しさこの上ない。
残念だが旧友たちは時代の変わり目でネットに乗り遅れたが、賀状の文章は短くても
[ご無沙汰、こちら無事]ただそれだけでいい。相手方も多分その気分で自分の賀状を
見てくれているだろう。世間は虚礼廃止の風潮や、ネットの普及で郵便年賀の衰退が
とみに著しいが、やはり手書きの賀状の温もりを正月行事として長く定着して欲しい。
作家の井上靖は「元旦に」の詩で、人の一生が少々長いので神様さまがそれを365日
ずつに区切った。そしてその区切りの段階で人が一休みするのが、正月三が日という。
今年も暮れから子や孫が全員集まって我が家の雑魚寝の元旦だったが、これも幸せ。
いつの元旦か、この習慣も途絶えるだろうが出来るだけ長く続けたいと爺は神に願う。
今年の初詣は東京赤坂の日枝神社に詣でた。みなさま、今年もどうぞよろしく願います。