隠居の独り言(1478)

3月10日は何の日と聞かれて「東京大空襲の日」と答えられる人は殆どいないだろう。
とくに今年は11日が東日本大地震5周年でマスメディアは地震関連で埋め尽くされる。
でも天邪鬼の自分が思うには人生には予期せぬ不幸がつきもので、東日本大地震
被害に遭われた方は、お気の毒だが、でもそれ以外にだって人生に不運は付きまとう。
自分を顧みて襲われた最大の不幸は先の戦争で国民は等しく悲劇を舐めさせられた。
天災は避けられないが人災たる戦争は国のリーダーの身勝手な理不尽そのもので
比較するものではないが、戦争とは地震の被害に比べられないほど圧倒的な悲劇で
地震のあとの救済は国や民間が率先しボランティアの人も骨を惜しまなかったけれど
戦争の損害は何の援助も救いの手も無く、死ねば「死に損」であり国家の保証もなく、
飢えて死にそうでも生活保護の甘えもない。天災と人災の苦労の差は天地の違いだ。
今の若い人の中に僅か70年前に日本とアメリカが戦争したことを知らない人も多い。
戦争の愚かさと敗戦の惨めさを伝える例えに広島・長崎の原爆と一晩で10数万人が
焼き殺された「東京大空襲」の悲劇を後世に伝えるために若い人たちに知ってほしい。
繰り返すが1945年3月10日未明、東京を目標にサイパン基地を飛び立ったアメリカの
空軍B29、325機が高性能焼夷弾を東京下町の密集した住宅地域に無差別爆撃して
帰還したという。日本側からの反撃は殆どなかったが、ただし資料によれば高射砲で
2機が討たれ事故と故障で14機が帰らなかったという。しかしあらかじめ救助計画で
待機していた海と空で乗員全て救出されたという。彼我の軍事力や人命の考えの差、
当時の日本空軍の零戦による神風特攻隊と、比較にならない日米の差に愕然とする。
アメリカ軍の空爆による救助作戦、作戦任務の手抜かりのなさに一人ひとりの兵士の
命をそこまで尊重されていたことに立派としか言いようがない。反面に市井の庶民の
無差別殺戮で一夜にして失われた10万以上の人たちの霊は、本当に浮かばれない。
後日談だが、戦後、佐藤内閣の時に東京無差別爆撃をした当時のアメリカ指揮官に
こともあろうに勲一等旭日大勲章を与えた日本政府の心中も察してあまりあるべきだ。
戦争に負けるという恥辱、悲劇は決して忘れてはならないが、戦争そのものが永遠に
地球上から消えることがないという現実も忘れてはならない。日本の大戦の反省とは
負けた悲劇ばかりを伝えているが、勝った側のアメリカの国情も伝えなくてはならない。
アメリカでは戦時中も野球やテニスのプロスポーツは盛んで恋愛映画も上映されたし
ダンスホールではキングコールやシナトラが歌っていた。戦時中と思えない豊かさと
余裕がアメリカに満ちていた。戦争の反省は二度と負け組に与しないこと、それには
経済、軍備をきちんと固めるのが肝要だ。平和のデモや、唱えるだけで済むものなら
こんな楽なことはない。近隣諸国は虎視眈々と日本を狙っている。