隠居の独り言(1488)

「若いときは一日が短く一年は長い。老人は一年が短く一日は長い」哲学者ベーコン
4月16日で83歳になる。83年を振り返って激動の変革期を経験した自分は幸せだ。
生まれた1933年は、ドイツではヒトラーが首相に就任しナチス党が勢いを増していた。
第一次世界大戦でドイツは敗戦国となり、莫大な賠償金を課せられた反動ともいえる。
アメリカでは民主党ルーズベルトが大統領に就任し世界の警察官の役目についた。
ロシアでは共産革命で混乱し、その残忍さはロマノフ王朝の処刑など大粛清があった。
日本は中国大陸で満州という国家を築きアジアに覇権を求めそれに反対する欧米の
要求を蹴って国連から脱退し世界からの孤立を深め第二次世界大戦へ繋がっていく。
世界の風雲うごめく1933年4月16日に大阪市東区の病院で一人の男子が産まれた。
乱世の申し子は難産だったらしく母に辛い思いをさせてしまい今更ながら申し訳ない。
83の人生を前半、後半に分けたら前半は誰もが成すべきことに追い立てられていた。
勉強し、修行し、仕事し、結婚し、子育てをし、猪突猛進できる若い時代が過ぎていた。
無理してでも希望に向かって突き進んでいた心意気と行動が自分の前半生であった。
心も体も酷使の時代だったが、誰もが振り返れば夢を追っていた時が人生の華だろう。
中年になり人生も後半になると、やるべきことに、だいたい決着がついて子が巣立ち、
孫が出来ると次世代へのバトンタッチのことを考えねばならない。後半生は自由度が
出てくるが既に老後の設計が待っている。人生はどのように生きるか、多くの哲学者、
文学者、芸術家が言葉を述べているけれど、煎じても答えのないそれぞれの道と思う。
悲しいけれど人間は失って始めて気付くことが多い。例えば健康。当たり前のような
日々の生活も何かの病気や怪我を得ると健康の有難味がつくづく身に染みて感じる。
先日ホスピスに慰問に行ったとき「余命何か月」の70歳の女性が言うには「今までの
風景が違って見えるのよ。いつもの夕焼け、道端に咲く花、そして今日一日が愛しい」
若い頃は「死」なんて意識したことはなかった。人生は限りある旅と思いつかなかった。
自然を愛する心は若い頃は無かったが、花一輪に美しさを覚えるのも年齢の熟成だ。
たとえ「余命何か月」と宣告されても、今は健康でいられても命の残高はそう多くない。
それには座して死を待つのでなく積極的に楽しみながら日々精進して余生を送りたい。
「美しく死ぬのは難しいことではない。美しく歳を取るのは至難の業だ」アンドレ・ジイド