小僧⑲

住んでいた浅草橋近辺の一年の最大のイベントは鳥越神社の祭礼だった。
町並みは江戸の昔からあまり変わらずに小さな町々には氏神様があって
年に一度のお祭をするのだが、同じ日に合わせて行い、その中心が鳥越神社で
千貫神輿はその象徴的存在だった。祭りは六月十日前後で梅雨空の季節だったが
その日が近づくと町内の各家々には提灯が吊り下げられて祭りムードが高まり
町内会館には御神酒所が設けられ、正面には神棚を祀り、その前には氏子からの
寄付された一升瓶や寄金された商店や個人の名前の書かれた紙が張り付けられて
その前には町内の顔役が寄付金の計算や帳簿付けなどして祭りの雰囲気で一杯だった。
御神酒所の前には大人用と子供用の神輿と山車が置かれて明日の祭礼を前に煌々と
照らされたその前に大人も子供も周辺に群がって時間の経つのも忘れて盛り上がっていた。
さて祭り当日の神輿の出番だが担ぐ人は殆んどが土地っ子の若い衆で地方から出てきた
店の番頭小僧には担ぐ割り当てが無くただ見ているだけの複雑な思いが胸をよぎっていた。
私もあの近くに十数年は住んだが担いだのは一度だけだった。年代が流れ担ぐ人が足りなく
なって千貫神輿もトラックで運んだ惨めな時もあったらしいが今は復活したと聞く。
若き日、余所者の寂しさを痛感させられた鳥越神社の祭礼だった。