小僧(岐路)

戦後間もない頃の大都市(特に東京)は治安の悪化を恐れて
占領軍命令で人口流入を制限され縁故者以外は入京出来なかった。
中学三年生のときに東京への憧れや青雲の志もあったがその制度のため
諦めて地元の製鉄会社か大阪の船会社へのどちらか就職をほぼ決めていた。
卒業を三月に控えて「転入抑制解除」のニュースが流れてきたのは直前の
二月の頃だった。人生の岐路を変えたこの情報はとても衝撃的で子供心に
どれほどのものだったか思い出すことさえ気持ちが震える。“運”とは分からない。
「私とはなんだ」自分自身が哲学的になって分かりもしないニーチェの本など買っては
みたが、たかが15才の若さに自分がつかめるはずもない。時代の波に翻弄されて
ある程度の長さを歩いてみて過ぎし日を振り返ったときに始めて見える自分の姿は
失敗を繰り返し、餓鬼のように突っ走る頼りない柔な一人の若者として映っていた。
上京を賛成してくれた父、手紙で励ましてくれた母、何度も岐路に立たされた小僧だったが
その都度に両親の情愛が救ってくれたと感謝している。人は一人では生きていけない。
「大空は恋しき人の形見かな 思いだすごと眺めらるらん」  新古今集より