小僧一人旅(6)

鳥越の路地裏には各家が植木や路地花を咲かせて、家々の密集した圧迫感を和らげて
目にも優しく気持ちも癒されて、朝夕に水を撒く近所の人たちとの対話の時間も楽しく
地域の和に溶け込む自分が、一本の木になる小さな苗木のような気分に心地良かった。
独り立ちして一年が過ぎようとしていた。お金も少しながら回転するようになってきて、
さすがに最初の悲壮感はやや薄れてきたようだったが気を緩めることは絶対に禁物だ。
小僧の仕事はお得意さんからの注文に対応するためには型興しから始めねばならず、
それが最も難しく厄介な作業の一つだった。まして輸入品の帽子は縫う職人さんと
縫製の手順の打ち合わせをして型興し裁断をした。当時は手包丁でベニアのかたどった
型になぞらえて裁断をするが生地によっては裁断不可能も多々あり苦労の思いは絶えない。
昼間は裁断と仕上げ、一日一回は必ずお得意さん周りをして製品の配達と注文取りをし、
夜はオートバイ(Honda Cub50)で職人さん宅へ品物の持ち運びに時間を費やしていた。
都内は墨田、江東、江戸川あたりが多く、市川、岩槻、東松山など遠いところもあって、
冬の寒い日や雨の日などは、泣きたいぐらいの気持ちと引き締める自分との戦いだった。
同じ寒さでも条件が違うと感じ方も違う。バイクで走っているときは気が張っているが、
止まって荷物の積み下ろしなどのときは、冷たさに手足の感覚が痺れて無くなっていた。
でもなかには「夕飯を食べていきな」って言って下さるお宅もあって嬉しかった。
人情の暖かみは飢えたときでないと分からない。